冬の始まり

立冬や吾にまつわるはぐれ蝶

立冬と聞いて暖かい今日のうちに洗車しようと思った。
今週後半には寒さが戻ってくるらしいので。
ごしごし洗っていると一匹の蝶が弱々しく飛んできて傍に止まって羽を休めたり、飛び立ったかと思うとすぐに戻ってきて同じ動作を繰り返す。
異常なほど暖かかった秋なので今日まで生き残ったのかもしれない。

アリとキリギリス

枯草の住処刈られしバッタかな

庭に大きなバッタが這いつくばっている。
手に取ろうとすると意外に力強く飛んでいってしまった。
そういえば、先ほどから隣地の空き地から草刈りの音と匂いが風で飛んでくる。
きっと雑草にまぎれて今日まで生きながらえていたものが避難してきたのだろう。
ところで、虫の末路というのを今まで目撃したことがないが、果たしてどんなものだろう。あのキリギリスの最後はどうだっけ?

入浴剤

薬湯で湯冷めしらずの効果かな

朝晩の寒さを実感する候となった。
入浴後うっかり夜更かしなどしていると風邪など引きかねない。
ところが、10年ほど前から浴剤として生薬のものを用いるようになってからは温かさが保つようになった。夏は夏で、入浴後の爽快感が長続きする。まことに自然のものというのは不思議な力を持つものだ。
問題は、どこでも手に入る商品ではないことだ。
前住所ではたまたま隣駅の駅近くで買えたが、当地ではネットで購入するしかなさそうだが、送料がけっこう高いのだ。

冬支度

千両の実成りを先の楽しみに

まったく私的な冬支度です。
外構工事のスケルトン部分は完工したのだが、肝心の植栽のほうがまったく進んでいないのだ。
土地価格が安いからと言って少々広すぎる土地を買ったものだから、植栽スペースが広すぎるのである。
来春まで丸裸ではあまりにも殺風景ということで、以前から育てていた鉢物なども土におろしたり、今日は幾分暖かいのでホームセンターでいくつかの小低木など買ってきてスペースに植え込みを始めた。
南天とか柊とかまず縁起物からということで、玄関周りには千両などをアレンジする予定。
ちなみに千両というのは葉の上側に花が咲き実をつけるが、万両というのは葉の下側だそうである。再来年の正月くらいには赤い実をつけてくれるだろうか。

白くて柔らかいもの

牡蠣の身をするりと喉へ海甘し

的矢牡蠣の話がでたので連想で。
数年前にも友人が瀬戸内レモンと広島牡蠣のセットを贈ってくれた。
そのマッチングの素晴らしさは今日の出来事のように記憶が鮮やかだ。
でかい広島牡蠣をこじあけたとたんこぼれ落ちる汁の一滴さえ惜しい。
つぎつぎと剥いてはあの白い身をつるり、つるり。もちろん例のレモンも忘れずに。
ああ、今年はクルマで飛ばせば2時間半ほどで的矢に行けるかと思うと今から喉つばだ。

魔除けの木

柊の花

柊の花

柊の棘に隠れて花つけぬ

ヒイラギは表鬼門に植えるといいらしい。
一方、南天は裏鬼門。
隣家との目隠しを兼ねて先日庭の隅に植えたばかりだが、今日見てみたら白くて小さな花が密集して咲いている。
え?この時期に咲くの?というわけで調べてみたら11月末から咲くとある。
キンモクセイの仲間で香りも放つらしいが、苗木ではやはり無理のようだ。

さっと潜らせて

肉食わぬ夫婦や牡蠣の土鍋かな

いろいろ付近のスーパーを探すのだが、当地でこれはという肉に出会えない。
ここで肉というのはもちろん牛肉のことだが、たいていは外国産なのである。国産のものがあったとしても品数がなさすぎる。
日本の農に自信をもっていいと先日言ったばかりだが、味や柔らかさとなれば圧倒的に国産の勝利である。
魚がメインで肉は滅多にしか食わないのに、それが固くてまずいものならどうして食えようか。ここは少し値が張っても国産和牛なのである。
妻も豚ブロック肉が売ってないとこぼしている。これはチャーシュウの材料だから私も困るのだ。ラーメンに画竜点睛を欠いてしまうではないか。
で、今夜のメニューは牡蠣鍋となった。
ほんの数秒くぐらせたやつをポイと口に放り込む。たちまち口いっぱいに海の香りが広がる。まさに至福。

朝の日課

寒き朝手を温室にかざしおり

当地では毎朝のように夜露がおりるので、やがてそれは霜に変わって真っ白な朝へとなりそうだ。
やはり隣の大阪に比べると最低気温で2,3度は低い。
そこでフラワースタンドをすっぽり包むビニールカバーで簡易温室を用意してみた。
というのは、洋ランのシンビジュウムがわりに寒さに強いとはいえ、やはり冷え込みは大敵だからである。

朝は温室の中へ手を突っ込み気温を探るのが日課となった。

冬の英雄

オリオンの昇り初めしの広きかな

自宅は南東向きの斜面にある。
だから、冬の英雄オリオンが真正面に上がるのだ。
地平に近いほど太陽が大きく見えると同じ理屈かどうか、昇り初めのオリオンは正面の広いエリアを独り占めするかのように大きく見える。
ただ、前住所の東京西部に比べて特別星がきれいにみえるようでもないのが残念だ。
老眼のかすみ目もあるだろうが、大和盆地の端でも結構空が明るいのだろう。

斑鳩の里

高咲きの山茶花白し里の塔

日本最古(706年築)の三重塔だそうである。
斑鳩の里法起寺。
縁起によれば、聖徳太子が長子山背大兄王に宮殿(岡本宮)を寺とするよう言い遺したことによる。
時代によって衰退浮き沈みした寺だが今日まで塔は残った。
同寺には飛鳥時代の銅造菩薩立像、平安時代の木造十一面観音菩薩像を蔵置している。銅造のものは奈良国立博物館に出張されており先日もお目にかかれた。体の線や衣紋の流れなど素朴な佇まいが好ましかった。


今日は朝からピーカン。おまけに風もおだやか。
まずは愛車で斑鳩の里ポタリングに出かけた。
中宮寺は自転車置き場が不便でパス、別の機会に法隆寺とともにゆっくり見ることにした。

法輪寺では愛車も一緒に三重塔を遠景に。ここはいかにも里の寺という風情で四方でスケッチする人が多く見られた。快晴で風もなくまさにスケッチ日和。

法起寺傍の溜め池には鴨たち(キンクロハジロか?)が40~50羽渡ってきていた。

法起寺を出た後、西の京、平城京への自転車道案内を見つけたので標識にしたがって西の京まで足ならぬ輪を延ばすことにした。途中郡山城を経由しての大和盆地西端往復36キロ走行は初冬を満喫するには十分であった。

健やかに

戸口より空をうかがふ七五三

朝起きるとお向かいからかわいい女の子が着物を着せられて出てきた。
続いて、正装のお父さん、お母さん。

天気予報に反して曇りがちの朝だったが、眩しいような光景だった。

イルミネーション

ほの白く浮かぶ平群の温床かな

曇り空となると暮れるのも早い。
買い物帰り平群町を走らせているとビニールハウスが灯りで白く浮かんでいる。
電照菊といえば渥美地方が有名だが、平群町は小菊の生産高日本一だそうである。盆や彼岸でお世話になるあの小菊だ。
生駒山脈に沿って北から南へ流れる竜田川沿いにある町で、東側のやはり南北に横たわる丘陵地帯が大和盆地とを隔てている谷間の里という格好になる。
古墳群があることでも有名だが長屋王の墓もあるらしく、そのうちポタリングもいいかな。

大和郡山

小春日や金魚顔出すお池かな

西の京へのポタリングの続き。
斑鳩を抜けると金魚養殖で全国シェア40%を占める大和郡山市域に入る。富雄川沿いの自転車道を走っていると緑がかった養殖池がちらほらと目に入るようになる。
この日は暖かい陽気に誘われるように真っ赤な金魚の稚魚たち(補:金魚の苗という)が水面に浮かんでいたが、池の色との取り合わせがまさに補色関係にあるので強く目に焼きついた。

郡山は戦国時代に筒井順慶が築城し、その後豊臣秀長が入城した畿内でも重要な位置にあるが、金魚養殖は享保年間に柳澤吉里が甲斐より移封された際持ちこんだのが始まりと言われ、武士階級の内職にもなっていたらしい。
ただ、譜代城下だったせいか市中心街の住宅はなかなか立派な家が多い。今回はスルーした街なので郡山城などいつかまた来てみたい。

相輪といふ

水煙のうんちくしばし冬日和

薬師池に着いたところでおにぎりをぱくつく。
過去にも訪れたことはあるが、南門前は思ったより狭かった。
塀越しの西塔をスケッチしておられるご婦人がたとしばし雑談したが、やはり話題は工事中の東塔ともども立派な水煙に集中した。相輪は上から宝珠、竜車、水煙、九輪(宝輪)、受花(請花)、伏鉢、露盤で構成される(wikipediaより受け売り)。
火炎のデザインをしているのに水煙と呼ぶのは火事を嫌ってのことだそうである。なるほど。

雄大な眺め

我が祈りはるか高みに冬霞

家から見て正面つまり南東に見える山々の麓が山の辺であり、飛鳥である。そこからさらに奥が吉野であることを知った。
一昨日、「もしかしてあれは畝傍では?」との思いに駆られる、頂辺がやや傾いた台形の小高い山の輪郭が遠い山を背景にはっきり見えたのだった。
それで昨日思い立って確認がてらドライブに行ったのだが果たしてビンゴだった。
これから自転車でひんぱんに訪れるであろう場所の地理を頭にたたき込むため、明日香村の主な遺跡を大急ぎで回っただけであるが、やや高いところにある万葉文化館近くから見える二上山の二つのピークががはっきり見えるのだった。
二上山は金剛山系の北端に位置するが、ちょうどその北に当たる自宅からは雌岳が雄岳に隠れて見えないので、飛鳥からの眺めはふたこぶがはっきり見えて特別新鮮に感じる。
さらに生駒の山並みが意外に遠く低く見える。飛鳥からは盆地の北へ向けてわずかずつ傾斜しているような感じだ。
全部まわったわけではないが、いまのところ大和盆地の眺めは飛鳥からあたりが最も雄大さに富むのではないだろうか。

散り際のよさ

雨打たる山茶花ぱらりぱらりかな

山茶花は椿のようにまるごと落ちはしない。
花弁の一枚一枚がぱらぱらと崩れるように散る。

今朝起きると大輪の山茶花が夜来の雨に打たれてかなりの花弁を落としていた。
残ったのを少し揺すぶってみると、また一枚散った。

大和川を遡る

行き交ふは人の笑みなり鴨の川

今日は往復20キロほどのポタリング。

盆地の北や南で生まれた支流が大和川に合流するあたりを見に行った。
これらの支流沿いの土手を組み込んで、奈良市内から西の京、斑鳩へ、郡山から飛鳥方面へなど、サイクリングコースが用意されているが、コースがあちこちで分断されいつの間にか一般道を走らされるという具合で、残念ながら整備状況は本腰をいれているようにはみえない。観光地としてこれらを本格的に整備すれば他府県からもっと人を呼べるだろうに、なにしろドル箱の観光資源を数多くもつゆえに期待は薄いかもしれない。

その合流地帯あたりだが、何本もの支流が次々と流れ込みようなところなので当然人家からは遠く、風をまともにくらってしまう。季節がそろそろ終わりに近づいていることもあって行き交う人は稀でひたすらペダルを漕ぐしかなかったが、それでも小鴨の群れが休んでいるのを暫く眺めていたり、行き交うサイクリストと合図の交換をしたりしていると気分も暖かくなるもんだ。

10キロほど走ったところで飛鳥石舞台古墳まで20キロという標識があり、自宅からは60キロ足らずで飛鳥を往復できることが分かったところで引き返すことにした。

熊野の冬光景

風受けて光るさんまの干物かな

そろそろ熊野の丸干しサンマの季節だ。
テレビで見ているとたいていの人は骨を食べないが、丸干しサンマははらわたも骨もまるかじりするのがいい。
干し具合の出来がいい年にあたると一回で2,3本を食えてしまうくらいうまい。

30代のころ室生寺から吉野を抜けて尾鷲を旅したときのこと。
そのとき目にしたのが塩水につけたやつを天陽と潮風にあてて干してある光景。
銀色をしたやつが風にふかれて一様に揺れていたさまを今でも思い浮かべることができる。

今度の年賀状

このたびの賀状の書き出しいかにせむ

そろそろ年賀状の準備に入らねばならない。
今年は当人が天災に遭われなくても、親戚や知り合いに被害を受けた人がいるかもしれないので、単純に「おめでとう」ではまずいのではないかという声も聞く。
いや、こういう時だからこそ来年がいい年になるよう心を込めた「おめでとう」が相応しいとも。

ああ、頭が痛い。
いっそ俳句で飾ろうかとも。

葛城山麓で

葛城山

葛城山

葛城の隠れ雲間や冬日差し

風が穏やかだったので葛城山の麓まで遠出した。
二上山を過ぎ当麻寺(日本最古の梵鐘があった。中将姫が剃髪した寺としても有名とのこと)を見た後、竹内街道も過ぎ葛城市屋敷山古墳までの往復。
葛城の山々は曇りがちではっきりとは見えないが、雲間より幾条かの日差しが差し込んでいる。

古歌の丘風も吹かぬに枯葉降る

屋敷山公園として整備されている屋敷山古墳は葛城市最大の前方後円墳で、古墳が造られた時期は古墳時代中期にあたり、葛城氏の首長の墓と言われている。戦国時代には領主布施氏の館が築かれ、続いて江戸時代には大名桑山氏の陣屋が築かれたせいか、地元の人に聞いても城跡だというひともあればいや古墳だと言う人もいたが、形大きさからして元は古墳だったことが容易に推定できる。

池水に影さへ見えて咲きにほふ 馬酔木の花を袖に扱(こき)入れな・・・大伴家持

公園の濠跡と見られる場所に家持の歌が。

でも、やっぱりこの日はこれを見たかったのだ。


二上山。

あしひきの山のしづくに妹待つと我立ち濡れぬ山のしづくに・・・・大津皇子

当麻寺奥の院先に大津の石川女郎(いしかわ の いらつめ 大名児おおなこ)へ贈った歌の碑があった。歌碑の背には二上山が見えるのだがあいにく曇り日でうまく写らなかった。