悠久という虚しさ

旧蹟の無聊なぐさめ花野なす

平城京、藤原京は、ただただ、だだっ広い。

そのだだっ広さが、忘れられた都の跡という感懐を深くするのだ。
発掘した跡がいったん埋め戻されてただの更地になってしまうので、よけいその感が強くなるのかもしれない。
観光のため一画に花などを植えたりもするが、それすらも虚しいと感じてしまうときがある。

精緻な手仕事

宮址とて四角に掘らる花野かな

藤原京で、701年の元日行事の跡とされる発掘現場が発表された。
朝日新聞ニュース

701年といえば大宝律令制定の年で、元日朝賀だから外国の大使も多く参加したろう。国家としての形も内容も名実ともに備わった、律令国家成立を高々と宣言する儀式だったのだろう。

藤原京はこの月の初めに吟行した場所(白鳳宮址の発掘現場)で、そのとき目にした発掘していたのがそうらしい。この現場を除けば、広い宮址は野の草や花ばかりの平地で、まさに「花野」そのものであった。
地を這うような小さな花がいっぱい咲く広い野の四角い一画が、深さ1メートルあまりに建物の跡らしい形に沿って精緻に削られているのが、何ともおかしくて詠んでみた。

散水機

スプリンクラー風にあらがふ花野かな

もちろん雨の今日ではない。

一週間ほど前のよく晴れた日の光景だ。
公園の大きな花壇に、これまた大きなスプリンクラーが回っているが、風上に向いたとき一段と吹き上がるように水しぶきがたっている。
いくつかのスプリンクラーの間を縫って、その水しぶきを避けるように、散策の人たちが日傘でもって花の丘を下ってくるのが見えた。