徘徊

千尺の糸に和凧の機嫌よし

さえぎるものは何もない。

墳丘の天辺からは盆地を囲む山が一望できる。それだけ広い丘である。
その丘から凧をあげているひとがやっぱり今日もいた。
先日も見かけた自製凧のベテランである。
先日は無風に近かったので洋凧だったが、今日は軽く風があるので、和凧のようだ。それも西風にのって300メートルほど糸がでている。遠目にも尻尾が異常に長い。その効果かどうか凧は非常に安定している。糸を出せば出すほどするすると昇ってゆく。
そのまま凧名人としばし歓談。
そのうち急に風が冷たくなったなとたしかめたら、風が逆の東風に変わったようだ。時間もそろそろ夕方にかかる頃、頃合いとみて名人は凧の糸を巻き始めた。
おろした凧を見せてもらったら、シンプルながら実に考えられている。部材のどれもが徹底的に軽量化を図っているのが一点。たとえば竹材も徹底的にうすく削られているし、部品点数も極小である。まず外枠というものがないのに注目。
糸と凧本体を結ぶ糸は二点支持。普通なら三本である。これも凧の挙動を少なくする仕組み、というか気ままな風を軽く左右にいなす機能もあるようである。
いろいろお話を聞いているうちに、同世代とおぼしきひともやってきて、ひとしきり昔の遊びの話に花が咲く。
こんな自然いっぱいの公園に、スマホ片手に徘徊している若い人の多いこと。昔人間には異様としかいいようのない光景であった。

“徘徊” への2件の返信

  1. 昨日は大寒にもかかわらず風もない穏やかな暖かさ。
    それも今日限り、明日からは荒れ模様とか。

    凧あげ、懐かしい昔遊びですね。
    孫たちも大きくなり凧も物置に片付けたまま。
    子どもたちが小さい頃は冬休み明けの凧あげ大会に向けて手作り凧の講習会がありました。
    それぞれに思い思いの絵を描き河川敷で毎年凧を上げたものです。
    中でも難しかったのは行灯風の直方体に近い和風だこでした。

    ラジオ深夜便の聴き逃しサービスで祐之先生の「古事記を楽しむ」の後半二日分を先ほどから聞いた。
    ゆっくり聴きやすい口調で特に出雲神話の因幡の白兎は面白かった。
    先月出雲大社へ行ったばかりなので余計興味深く拝聴。

    遠い昔小学生の頃、高学年のクラスが学芸会で「因幡の白兎」を演じたのをありありと思い出した。
       大きな袋を肩にかけ
       大黒様が来かかると
       ここに因幡のしろうさぎ
       皮をむかれたあかはだか

    1. 凧名人も同じようなことを言ってました。15年前に孫のために凧を作るようになったが、今では相手してくれなくなったので、自分のために作って自分のために揚げてるんだと。今日も朝作ったという大凧が気持ちよく泳いでました。
      三浦先生相変わらず名調子ですね。できたら別番組でじっくりやってほしいものです。

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