語り継ぐということ

どこまでも空煌煌と長崎忌

町の有線から鐘の音が聞こえて黙祷をうながした。

今日は長崎忌。
広島の場合は真っ青に晴れていたと言うが、長崎ではどうだったのであろうか。
あの青い空が白くなるほど光って、一瞬にして何もかもが破壊された。
当時の写真、描画、証言はどれもが貴重な記録遺産そして記憶遺産。
ながく語り継がれねばならない。

“語り継ぐということ” への2件の返信

  1. 広島に続いて長崎、74年前のその日私は日本にいなかった。
    当時日本の惨状はどのように異国に住む邦人に伝えられたのだろう・・・
    それを両親に聞いておかなかったことに今更ながら悔やまれる。

    今朝もそれを忘れたかのような青空に蝉がけたたましく鳴いている。

  2. 戦争の思い出はあまりに悲惨で、話すことさえためらわれたのかもしれません。
    それにしてもあまりの暑さにお盆休みということさえ忘れてしまいそうです。

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