無上の食べ物

早稲の香や迫田を奔る山の水

今でこそ全国的に有名だが、かつて熊野の丸山千枚田はひなびた山村であった。

バスは日に三便のみ、新宮と熊野の奥地・神川町を結ぶボンネットバスが、あえぐように風伝峠にたどり着いてそこで一服したあと、再び目的地へ向かう。
やがて目の前に千枚田の丸山が開けてきて、そこを大きく縫うようにしながら、ガタガタの道をバスは行くのだ。お盆休みくらいしか帰らないので、収穫が近くなった千枚田の風景は知らないが、青々とした稲田が一面広がっている光景は今でも思い出すことができる。
終点一つ手前の集落が父や母の郷で、南側に山を控え田も狭く畑だって石がごろごろしているような、それこそ寒村という言葉がぴったりの鄙びた村だったが、村の中央には南北朝時代の砦跡があって、それが南朝方の豪族の名を冠した神社となっているのだった。熊野川上流のこのあたり一帯は、南朝方に与して親王をお迎えして戦ったという気骨だけが残っているような空気もあったのだが、今や消えゆくのを待つと言うだけの限界集落となってしまっている。
夏は鮎、秋は山で採れた見たことのないような茸、それぞれに忘れられない味覚が体にしみついていて、今でもときどき鮎の甘露煮、鮎の出汁を使った素麺が無性に食いたくなる。これだけは全国のどこにも負けない無上の味だと信じているのだ。

“無上の食べ物” への2件の返信

  1. 鮎の甘露煮はともかく鮎の出汁を使った素麺というのは想像もつきません。
    麺つゆを鮎の出汁でとるのでしょうか?
    この辺ではあまり聞かない料理ですが・・・

    限界集落というのは我が故郷も同じようなもので毎月の帰省でも滅多に人に会うことはありません。
    今でも三重交通が日に何便か走っていますがほとんど乗客なしです。
    やはり終点から一つ手前のバス停が我が家の斜め向かいで最後に利用したのはいつの頃か記憶にないぐらいです。
    そんな集落でも山や田んぼは変わらぬ姿で迎えてくれ私の原風景としていつまでも心の故郷足り得ます。
    ただ農法だけは近代化され先日も稲はすっかり刈り取られた後でした。
    間もなく美味しい新米も届くことでしょう。

    1. 鮎は焼いたり刺身でいただくのもいいんですが、本当の味、旨味というのは一度焼いて干したもの、こいつは日持ちがするので、これをハレの日に煮浸しでいただく、あるいは出汁のもとにするのが最高の甘味も引き出して絶品なのです。
      頭も尻尾も柔らかく、全部食べられます。
      一日川に入れば50や100匹近く釣れた昔、軒先にずらっと干し鮎が並んでいた光景が思い出されます。

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