日陰でも

旧宅の思い出ひとつ紫蘭咲く

ホームセンターで探すのだがなかなか見つからない。

この時分空き地などに紫蘭が咲いているのを見ると、家人ともども旧宅の思い出話にふける。
先日もクルマを走らせていたときこの花を発見したので、そのままホームセンターへ直行したがいい株がなくてその日は諦めたのだった。

旧宅ではどなたかに分けていただいた株をそのまま庭におろしただけで、その後ろくな手入れもしないのに株も増え毎年見事な葉とともに鮮やかな紫の花で目を楽しませてくれたものだ。

“日陰でも” への5件の返信

  1. そう言えば昔はこの花、よく見かけました。
    最近あまりお目にかかりませんね~。
    シランとかシャガとか何処の家にもあったような。
    蘭の一種だったとは!!
    シランの花、しってる? 知らん!!なんて言葉遊びしました。
    何となく懐かしい花です。
    今度花屋さんで見てみましょう。

    1. 寿司屋さんなどで見る葉蘭ほどは大きくはないけどよく似た葉ですね。葉はなんとなく除菌滅菌効果があるような感じがします。

  2. 紫蘭、清楚できれいな花ですね。そうか、ホームセンターで見つかりませんか。
    当地でも多い、ウチも近所の人に分けてもらってしっかり根付いてます。何の手入れもしないのに強いのがいいですね。

    ところで今日5月15日は葵祭(雨で順延になったそうですが)。あの車争いのあった時です。
    そして、5月16日は旧暦3月27日で(今年は閏年で一日ずれてるけど)、芭蕉が奥の細道に旅立った日であります。この日から150日、2400KMの旅が始まるのです。季節感を味わうということからすると、現在の暦のベースで奥の細道の俳句を読むのがいいと思ってます。そこでさしづめ今日はその序ということで、
        「草の戸も住み替わる代ぞ雛の家」

    1. なるほどね、明日は北への旅の始まり日なんですね。「奥の細道」は断片的にしか詠んでないので、腰を据えて読んでみるのも一興です。

  3. 今日は若葉雨、一日中読書。
    昨日のキヨノリさんのコメントに刺激され、リンボウ先生と「おくの細道」の掛け持ちで忙しい。

    本当だ!! 元禄二年(1689)46歳、3月27日「おくの細道」の旅に出発、曽良同行とありました。今日5月16日なのですね。
    昨日の「紅粉の花」は5月27日(新暦7月13日)最上紅花の満開期でしたね。

    読んでいて思うことは芭蕉がいかに日本の古典のみならず中国の古典にまで通じていたことに気付き今更ながら驚きを禁じ得ません。

    46歳で150日、2400キロの旅もすごいけどその一生は更にすごい!!
    偶然にも「おくの細道」を味わうには良い季節と言うことになりますね。

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