ケとハレ

口聞かぬ画面相手に初買す

ケのものを買うのではなく、ハレのものを買う。

それが買い初めの対象だ。八百屋で野菜を買ったり、スーパーで味噌醤油など日用のものを買うのではない。
いかにも新年にふさわしく、新年をことほぐ買い物である。
おのずと心浮き立つ心地する買い物であるが、これだけネットショッピングが当たり前の時代となると、その楽しみもいまでは一瞬のクリックですっ飛んでしまいかねない。
今日は夫婦別々に買った商品が宅配で届けられた。僕の買ったのは電気歯磨きの替えブラシだが、はたしてハレと言えるかどうか。

今宮戎神社

遷り來てまづは浪花の初恵比寿
大阪の熱気のここに初恵比寿
大音声も大阪らしや初恵比寿
福笹の夫婦睦まじ駅の前
福笹のうなじくすぐるすれ違ひ
半吉のみくじ肯んず初恵比寿

初めて今宮の十日戎を観に行った。

「お参り道」と大書された順にしたがってゆくと、一方通行の狭い道がさらに幅狭く感じる。両側に夜店が並ぶからだ。見たことも食べたこともないようなものが並んでいるし、すでにして大阪らしき熱気があふれる。
境内に入ると、これは何だという大音声の楽がスピーカーから流れる。例の「商売繁盛、笹もってこい」のかけ声だ。
これにはちょっと気圧される思いで、参拝に並ぶにも気後れしたので、福笹を授ける福娘たちを見物することにする。
お詣りもしないで帰るのも何だから、ふだんは全くやらないおみくじを引いてみたが結果は可もなく不可もなし。

レプリカ

荘厳の古りにしよけれ古都の春

興福寺の新中金堂をながめてつくづく思った。

古都・奈良のよさはその「古びよう」にあるのではないかと。
ぴかぴかの黄金もいいが、まぶしすぎてどこか成金趣味を覚えてしまうのだ。そこへいくと、やはりくすんだ金色のほうが心が和む。唐招提寺金堂の三尊像、薬師寺東院堂の聖観音像、などなど。
ニュースによると、修復中の薬師寺東塔の水煙が新しく作り替えられるという。あの凍れる音楽の象徴とも言える水煙が、新しくお目もじかなったときには、もはやレプリカにすぎないものとなる侘びしさ。もう風雪に耐えないのなら止むをえないとは思うが、どこか残念という思いは拭いきれない。せめて、塔とバランスのとれた渋い水煙が起ち上がることを望むものである。

「新年」という季題は非常に便利な、といったら語弊があるが、季語としてはたいへん幅広いものを包含する季語である。
傍題には本意である「年の始」をはじめ、「年改まる」「年頭」「初年」「年立つ」「年迎」「年明く」のほか、陰暦では「春」と同時期にくるので「初春」「明の春」「今朝の春」などがある。これを応用して「〜の春」となると無限に使い回すことも可能である。下手に使うと安直に流れて失敗もするが、掲句ではどうだろうか。
これは年賀状にでも使えそうな句なので来年用に取り置くかとも思ったが、それまで生きてる保証もないのでさっさと公開します。

初夢

高枝に鷹をいただき三日かな

ハイタカが高枝にまどろんでいるかのように見える。

この公園で鷹を発見したのは初めてだ。
詳しい人によると、ハイタカのみならずオオタカも観察できるらしい。
三日にしていつもの馬見丘陵公園には人が多く出ている。散歩やら、ジョギングやら、探鳥する人やら。
中央の丘の広場では空を全部埋めるほどの凧をあげている。ほとんどすべてと言っていいくらい市販のカイトばかりで、自前で作ったような凧は一枚もない。
凧の図柄も正月の目出度さとは無縁で、幾何学的な模様とコントラストの強い色だけが目立つばかりである。
今夜は鷹の初夢でも見られればいいがと思う。

めでたい雨

御降の音のしみゐる夜なりし

元日の夜は雨だった。

予報通りだったとは言え、夜の団欒時に突然雨音が聞こえてきていたので思わず耳を澄ませてしまった。
二重窓で外音がかなりシャットダウンされているにもかかわらず、はっきり聞き取れるということはそれなりに強い雨なのである。
元日だから人通りもなく、車の量も少ない。静かな夜である。
しっとりした夜にしみいるような雨なのである。

ご加護ありますよう

絵に描いたやうな日和も今朝の春

いやあ、年があらたまったとたんお天気が上機嫌でしたね。

朝こそ霜がびっしり降りて厳しい寒さでしたが、その後風もなく雲もなく半日すばらしく暖かい日をいただきました。
今年もこのような穏やかな一年でありますよう、大神のご加護をみなさまにも。

建国の地

コンビニの傘裏返るしまきかな

冬の嵐である。

家を出るときは晴れがのぞいている空だったが、今日の吟行地橿原に近づくにつれ雲行きが怪しくなってきた。例によって葛城山に黒い雲がかかり盆地南部はまぎれもなく雨である。
突風も吹いて、吟行気分はどっかへ吹っ飛びそうになる。今日の天気を甘く見て傘も持ってこなかったので、コンビニを何とかみつけ間に合わせた。
すでに9日となって寒に入っていることもあり気分は新年ではないが、橿原神宮なのでここは初詣風景として詠んでも問題はなさそうである。
長い参道をぬけて拝殿近くとなってようやく青空も見えてきた。畝傍山の稜線がくっきり浮かび、正殿の千木,鰹木が燦々と輝いて神々しい。

雨去つて畝傍日当たる初景色