青い月

宮入の山車庫鎖して後の月

昨日は十三夜。

陰暦九月十三日の月が冴え渡った。
渡御が終わり、太鼓台を蔵に納めれば、いよいよ直来の席である。男どもは八幡さんの境内にブルーシートを敷き神饌の酒を酌む、女どもは絵馬殿で賑やかに。
狛犬の足もとにはまだ青々とした稲穂を供えられ、今年の収穫を感謝する、いわゆる「秋祭り」なのである。
たがいに子供の頃から見知った氏子ばかりだから、座は月が随分高くにかかっても終わりそうにない。
夕からいちだんと輝きを増してきた月は、さらに青実を増してきた。北風も出て寒いくらいの夜。
案の定、今朝は10度くらいにまで冷え込んだようだ。

紅白とりまぜて

饌撒いて秋の祭の果てにけり

龍田大社の例大祭の太鼓台宮入見物に出かけた。

町内から七台が繰り出し、その代表一台が境内の石段を何トンかありそうな太鼓台を持ち上げ進むのがハイライト。
拝殿前で激しく練って宮入の大団円。

宮司祝詞につづいて太鼓台衆の玉串奉奠が終わるとあとは恒例の餅撒きである。
年甲斐もなく両手を差し出してはすくい、また、すぐには曲がらない腰を無理矢理低くしては落ちた餅を拾う。紅白とりまぜて五つと望外の成果を得た。

こけおどし

竹竿に風の意のまま鳥威

両翼を広げるような鷹を描いた凧が地面すれすれに揺れている。

鳥威しである。
竿の先端にぶら下げられ、竿には弾力があるのでちょっとした風にも360度、上下に休むことがない。
洋風カイト型だから、広げた翼がいまにも覆いかぶさるようにして、威嚇効果は十分である。
いろいろ虚仮威しの鳥威しを見るが、今日見たのは鳥たちにとっては脅威になることは間違いないだろう。
大和の稲刈りはまだまだ終わらない。

大和の巫女

代々の大和巫女舞ひ里祭
竜田道幟の綺羅や里祭

昔の竜田道あるいは信貴山道に沿って古い家並みが続く。

そこには、どの家も門柱に真新しい幟幡を掲げている。
今週末の龍田大社の例大祭に合わせた在の秋祭りを告げているわけだ。八幡さんあり、素戔嗚尊さんあり、在によってそれぞれ違うがほとんどが宮座衆によって守られてきたお社だ。
当屋といわれる代表が祭をしきるので神職は不在だが、ここ大和では同じ巫女さんがあちこちの杜で神事を執り行っている。いかにも霊力のそなわった雰囲気で、湯立神事や神楽を舞う。テレビでも、各社の行事があるたびに「あ、またあの巫女さんだ」ということが多い。
関西、とくに大阪などでは昔から霊性の強い巫女さんに占ってもらったり、祈祷してもらったり口寄してもらったりという俗信的な慣習があったが、それとよく似た慣習がここ大和でもあるということだろうと勝手に推測している。

遠山に日当たりて

夕ざるる生駒の裏に秋深し

奈良県側の生駒の頂には、日が沈むまで秋の日差しが当たる。

麓はすっかり暮れていよいよ秋の深まりを実感するのだが、そのコントラストの妙にいつも惹かれるものがある。
これから遠目にも平群谷をつつむ山々が色づいてきて、装いはピークを迎える。
ついこの間までの暑さはどこへやら、短い秋を惜しむのである。

南へ帰る

ふじばかま咲いて南下の蝶の糧
長旅の蝶の寄る辺に藤袴

たいして広くない花畑に何種かの蝶が集まってきている。

なかでも、藤袴にはツマグロヒョウモン、赤立て揚羽、そして南国へ下る途上の浅葱マダラがしきりに蜜を吸っている。
これから数ヶ月かかけて台湾など南の国へ帰るための体力を養っているのだろう。あの小さな、そしていかにも儚げな翅でよくも荒海を越えてゆくものだと感心するが、行く先々でもまた、このように花畑に立ち寄っては栄養を補給することを繰り返して行くに違いない。

夜具夜着しかと

無人駅イコカで抜ける夜寒かな
夜寒さの電話に羽織る妻のもの

夜はめっきり冷えてきた。

盆地だから都会の隣県よりは二、三度は低くなる。それを感じるのは、都会から帰ってきて無人の駅を出るときである。おまけに灯りも最小限のものしかないので、ひたすら家の灯りを求めて無口で坂を登るしかない。
寝具も寝間着もすっかり晩秋仕様となった。