仏様になる

耳遠き妣には聞こえ亀の鳴く

実際に亀が鳴くことはない。

ないが、「鳴く」を空想して一種春のけだるい空気を詠んだりして、浪漫的な興趣を覚えさせる季題である。
老いて耳が全く聞こえなくなるとともに、記憶も随分定かでなくなってきた妣が、あるときついと振り向いて何事か言う。たいがいは人生の一断面をよぎった事柄を思い出してのことであるが、その顔はもう昔の母の顔ではなく、日に日に仏様のように穏やかになっていくように思う。息子はただ頷くだけある。

別格の土地

隠国の懐深し亀の鳴く
惹きつけてやまぬ隠国亀の鳴く

この時期、長谷寺は牡丹真っ盛り。

その長谷寺が管理している前山は「与喜山暖帯林」といって国指定の天然記念物だが、頂上付近にかけて山桜だろうか、里ではとっくに散ってしまった、薄紅の花が鮮やかに散在するのが見える。
そのまま榛原方面へ国道を登っていけば、左右の山にもちらほらと顔を出していて、もう新樹と言っていい鮮やかな緑との対比が美しい。

山懐の十一面観音さんといい、牡丹といい、山桜といい、大和国でもここはやはり別格の趣だ。

惰眠

亀鳴くやシアン欠けたるキャノンの絵

やっぱりプリンターが故障で動かなくなった。

ご丁寧にも「修理に出してください」というメッセージを吐いて、ウンともスンとも言わなくなった。
先月だったか、やはりインクを全交換して騙し騙し使ってきたが、今日の二枚目になって突然止まったのだ。
インターネットの時代とはいえ、やはりプリンターがないと不便なので、やむを得ず家電ショップにかけこむ。
先週は、洗濯機がこれまた突然の水漏れだ。図体がでかすぎて筋力の落ちた老身にはひっくり返して調べることもままならない。
10年くらい使ってきたので、修理に出したところでこの先どうなるかは見えているので、買い換えとなった。掃除機、電子レンジ、この一年の間につぎつぎとダウンしていたので、もうしばらくはないかと油断していたところの物入りとなった。
本当にもうしばらくはないのだろうか。

カラープリンターというのは、シアン、イェロー、マゼンタ、どの色が欠けても用紙にはこの世のものとも思えない、異様な世界が出現する。
犬などは色を識別できぬと聞くし、猫は猫でド近眼であるらしい。
それを聴覚、嗅覚などで補うために、人間では想像もつかないレベルに発達しているらしい。
もしかすれば、光りの波長を幅広く識別して、その中間的な色まで識別できる能力を取りそろえた生き物というのは、人間だけかも知れない。
そう考えると、いかれたプリンターに印刷された異様な世界というのは、ある種の動物にとっては正常なことで、ひとり騒いでる人間を尻目に、春の惰眠に耽っているのかも。