土饅頭

墳丘のまろきまんじう冬ぬくし

芝も枯れてきた。

よく整備された墳丘公園では、それぞれの古墳の姿もよく見通せるようになってきた。後円墳であれ円墳であれ帆立型であれ、どの墳丘もなだらかな孤を描いてまんじゅうみたいだ。
土葬であった昔は墓のことを土まんじゅうとも言ったのだが、さながら古墳は大きな土まんじゅうだと言ってよいかもしれない。

本当は古墳を積んだときには段丘状であったという話だが。

残すに足りるもの

冬ぬくし作字だらけのゲラ刷りて

活版印刷の時代が懐かしい。

印刷業界はとっくにコンピュータ化が進み、活字拾いの職人を一掃してしまって、もはや名刺や趣味のものなど特殊用途の、しかも小さなロットのものしか利用されてはいまい。
インクの匂ひに満ちた校正室の狭さも、赤ペンで真っ赤になったゲラ刷りも、大きな広辞苑が置いてある書棚も、編集者や整理担当の煙草の煙りも、今となっては遠い世界の話だが、あの凹凸ある活字の味わいは独特で、もし自分が本を作るのならたとえ表装が粗末でも活版で印刷したいと思う。部数もせいぜい十数冊程度ぐらいで、親しくしていただいている人に一冊ずつ手渡しでお分けできればいいと。
あとは、活字で残すに足りるものを書けるかどうか。それだけである。

ここで、「作字」とは:
活版の活字というのは同じ字でも書体や大きさなどさまざまあり、職人さんは一文字ずつ拾っていくわけだが、場合によっては在庫切れ、あるいは標準で手許に置いておけないようなレアな文字の場合は、「欠字」と言って黒く塗りつぶした活字を暫定的にはめ込むのである。そのなかで、後者の場合、偏と旁をそれぞれ組み合わせたりして字を作らなければならない。人名など特殊な場合にたまにある。