深吉野吟行

深吉野に黄葉紅葉を疲れけり

今まで見たことのないような黄葉、紅葉。

さほど期待していたわけではないので、よけいに驚かされる。
夕べの雨に洗われた雑木の紅葉は鮮明さをよりまして、昨日でもなく明日でもなく、今日が盛りのピークのように思えた。
集落のすぐ前の山が燃えに燃えて、いかにも吉野の奥の秋である。
目をどこに転じても紅葉の連続で、句会場に辿り着いたときにはもうぐったりするほど。「花疲れ」という季語があるが、それなら「紅葉疲れ」という言葉だって許されるのではないか。

降りてくる

紅葉の報南から来る大和

中学のクラス会へ。

欠席者の近況を返信葉書の近況欄で読ませてもらったが、やはり夫の介護、自身の健康などの理由で欠席も止むをえない状況にあるひとが多いことを知った。鬼籍に入られた人も数名。毎年ある会だが、こうして顔を合わせていられることすら奇跡なのかもしれない。そう思うと、散開となるとみんなの顔をしっかりみながら再会を誓ったのであった。

帰宅して夕刊を見たら、大台ヶ原の紅葉情報。山頂付近はすっかり錦秋の趣。これから紅葉前線は北上しながら奈良盆地に降りてくる。予報では、意外にも今年の紅葉は例年より早いらしい。短い秋を見逃さないようにしなきゃ。

街道染めて

紅葉して大和名の山ことごとく

ちょっとした山にも由緒ありそうな名がついている。

それがことごとく紅葉に彩られて、盆地をどこに行くのも楽しいこと。
大和三山は当然として、桜井に至って左は三輪山、そして右手は鳥見山、さらにその先外鎌山。
やがて初瀬街道狭まりゆくところは朝倉宮跡。長谷の与喜山から吉隠に駆け上がる街道沿いの刈田も、いい色をして飽きさせることはない。
榛原の句会は、その道行きもまた楽しい。

句友二歩に(その2)

二歩をよく知る友人たちからいくつかの追悼メッセージをいただきました。
弔句もいくつかいただきましたので、あらためて頁を起こして紹介したいと思います。

芭蕉忌と知りて旅立つ句友かな 南天
二歩さんともう一度飲みたいオールドパー 岩ちゃん
紅葉降り遥かな星へ友逝けり skyblue

(敬称略)

彼の過去作品500点あまりをあらためて読んでみました。
両親、家族や愛犬、そして酒、山、旅。
どれにも優しいまなざしが向けられています。

そう言えば、落語も好きでしたなあ。

温め酒志ん生に酔ひ漢逝く

修学旅行生の銀座通り

東西の伽藍を結ぶ紅葉かな
大寺の松の下には薄紅葉

法隆寺といえば大きな松のイメージがあるが、境内に入ると桜もあれば紅葉もある。

夢殿がある東院と五重塔のある西院は長い一直線の石畳で結ばれていて、その石畳はそのまま西院の西端まで伸びているので非常に長い通路である。季節にはその通路を全国各地からの修学旅行生が行き交うのも法隆寺の風物詩だろう。
その通路とも言うべき石畳の連絡路には、北側だけに桜が植えられていて春には春の、秋には秋の彩りを添えている。どうして南側にないのか理由は分からないが、この片側だけ控えめに植樹されているところはまるで大路のような風格があって大変好ましい。

もう桜紅葉が始まっていて、松の濃い緑とのコントラストがこれから際だっていくシーズンを迎える。

廬山寺にて

廬山寺はむらさきならず冬桜
橘の色を葉陰に源氏庭
白壁にさゆるる影の紅葉かな

御所見学を終えて次は廬山寺だ。

近年ここが紫式部の邸宅跡であることが証明され、以来ファンの訪問がひきもきらない。
ここの白砂の庭は源氏庭として有名だが、残念ながら季節外れにて紫のゆかりの桔梗は見られなかった。その代わりと言ってはなんだが、橘の実がすっかり色づいているし、冬桜も迎えてくれた。

前庭では紅葉の影が白壁に揺れ、筆塚の明朝体の揮毫が大変珍しかった。

季節便り

紅葉のテレビ中継箸止まる

ありがたいことに、この時期各地の紅葉の模様が放送される。

我が家では行儀はよくはないが食卓でもテレビが見えるように設えてある。ときどきの各地の便りは朝食の時間帯に放送されるときが多い。季節の便りが流れると、家人に声をかけたり、テレビに見とれてしまって箸が止まったり。ニュースをたねに朝の話題が盛り上がると、その日はスタートからして気持ちいいものである。

これからは牡蠣とかズワイガニのニュースなんかも流れるんだろうな。