勝ち点

野分なか闘球場の昼灯す

昨日は近鉄東花園駅が臨時停車するなどして分かるのだが、花園ラグビー場でW杯の試合があったようだ。

おりから台風が近づいているということもあって、空模様が怪しい。夕方の試合なのでちょうど雨が降る予想時間帯となっており、昼間から競技場のライトが点いているのが電車からも見える。
今日の新聞ではフィジーとジョージアの試合だったようだが、各ブロック予選も半ばとなって、これからは勝ち点をめぐる熱い闘いとなりそうでいよいよ面白くなってきた。
日本対サモアは明日の予定。ここでしっかり勝ち点4、できるなら5を稼いでほしいところ。しっかりテレビで観戦するとしよう。

やっと普通の夏日

ハリケーンの国より電話野分なか

拍子抜け、肩すかしとはこのことか。

やっと夕方になって雨が来たが、普通の雨と何も変わらない。風も吹かない。
これが盆地の天気だ。
険しい風雨は中央構造線を越えては盆地に来ないのだ。
だから、水不足には昔から悩まされてきたし、たまにちょっと降っては元来湿地帯であった盆地は洪水に悩まされてきた。
気温が30度切ったのは今日の救いである。

災害は忘れないうちに

舫解く海は泥色野分あと

いろんなものがなぎ倒されていた。

朝起きてみると、片寄せておいたベランダや庭の鉢などがことごとくひっくり返されて、朝から片付けに追われた。とは言っても、水も電気もガスも問題なく使えるわけだし、店も普通通り営業している当地など、全国各地でひどい被害が出たのに比べれば何と言うこともない。
「災害は忘れたころにくる」といったことわざも、昔の話。3・11以降は「災害は忘れないうちにやって来る」「災害は必ず繰り返す」、いやそれ以上に「想定もしない災害がいつか襲ってくる」という認識に変わったかと思う。
台風だって最近は一年中発生するようだし、このような災害は何度も繰り返されるだろう。

日曜日夜、台風の行方に目をこらしながら、NHKスペシャル「黒潮」を見た。
列島にさまざまな恵みをもたらしてくれる黒潮だが、それにも最近は異変が起きているという。
漁業資源が減っている上に、出漁できない日が増えたり、挙げ句はいつミサイルが飛んでくるか分からないでは、漁業関係者にとっては切ないことだ。

ホーキンス博士が地球はあと100年しかもたないと警鐘を鳴らしているそうだ。それが本当かどうかはともかく、地球は未体験ゾーンへ突っ込みつつあるということだろうか。

備えあれば

単一の電池あらため野分なか

相当の風が吹くという。

盆地の小高い丘にいると洪水の心配こそないが、停電が起こらぬとも限らない。
最悪を考えて懐中電灯は用意してあるが、電池が何時間保つかはなはだ心許ない。
こういうとき、予備の電池があれば問題ないのだが、荒れ狂う野分のさなかとなれば一抹の不安は否めない。

国原は真っ白

野分だつ湖に島影見あたらず
国原に畝傍望める野分前

当地には珍しく本格的な台風だ。

小型台風というのは、急に雨風が強くなるから用心しろとテレビで言っていたが、ほんとうにそうだと思えるくらい急な変化だった。
朝に家人を病院に送ったときは静かな雨で、振り返ったら畝傍のシルエットだけが低い雲間にはっきり見えるほどだった。一時間ほどして迎えに行ったときには、もう雨がウィンドウに叩きつけてきて、降りてから玄関までのほんのわずかな距離にもずぶ濡れになってしまった。
ピークであるらしい今は、雨が北側の壁を叩く音がますます激しくなり、隣の植木が我が家の壁にもたれるように風に吹かれたり引かれたりしている。

猫たちも少しは怯えたようにうかがう気配を見せていたが、いまは少しは慣れたようで背中をまるめて寝ている。

朝の送迎のときに、図書館に寄って石牟礼道子さんの著作をいくつか借りてきた。
Eテレの「100分で名著 苦界浄土」に刺激されてのことだが、今まではこの本のことを水俣の企業汚染の告発本のたぐいだとばかり思っていたのが、どうやらそうではなくて、文学性の高いものであること、そしてなにより魂を言葉に置き換えた「詩」であるとの本人の言葉を聞いたからだった。
相当な日本語の使い手らしい。
手許が薄暗いなか、久しぶりにわくわくしながら一頁目を開いた。

いつも早くても午後五時公開としていたが、今日は外が騒がしくてならないのでフライイング気味の投句だ。

野分の忘れ物

かけあしの野分残せし日照雨かな

台風18号の奈良盆地は拍子抜けするものだった。

来るぞ来るぞというわりにちっとも雨は降らないし,風も吹かない。いったいどうなったんだと思いながら寝たわけだが、朝方5時頃強い北風の音で目が覚めた。雨の音はあまりしない。そのまま二度寝したら、7時にはもう風もしずまっているのは、いかにも雨の少ない奈良盆地らしい。
テレビをつけるとすでに浜松の近くに達していて、静岡や神奈川の方は雨も大変だと知る。

ただ、今回は台風一過の晴天どころか、霧雨のような日照雨(そばへ)、いわゆる狐の嫁入りが一日中続く、変な天気模様だ。

はるか南の海に

野を分きてくるもののふるさと思ふ

台風11号は日本海へ抜けたらしい。

この台風は雨の台風と言っていいだろう。
そして紀伊半島、なかんずく三重にずいぶんな量の雨をもたらした台風というものの、海から水を吸い上げるパワーというものに恐れすら感じるものがあった。
もちろん、雨だけではなく風もあったわけだが、このような荒ぶる自然、自然現象というものはすべて海から生まれたということにである。

海があるからこそこの地球に生命が存在し、我々人類の今日があるのだが、その人類を含めたこの世の目に見えるものを破壊し尽くすことができるのもまた海から生まれるものであるということをあらためて思わざるを得ない。