同時多発災害

曇るものみなかき曇り秋黴雨

即位礼の朝はまさに秋霖と呼んでよさそうな雨。

やがて雨が上がると虹がかかったというから、雨降って地固まる新しい御世への祝福であろう。
この秋は台風の合間が秋雨前線の停滞で、被災地にとっては気が気でならない空模様である。
各地同時被災のケースが増えてきて、ともすれば忘れ去られそうな地域もあるようだが、予算配分を見直してでも機敏な施策が求められる。

共生

増水跡とどめる川に鴨來る

小鴨の群れを久しぶりに見た。

やがてヒドリガモ、マガモなどの群れもやってくると、いよいよ大和川の冬景色として楽しませてくれる。
このたびの台風による被災地の川も同様に冬鳥の便りがあるにちがいない。
われわれ人間だけではなく、あらゆる生きものは地球環境の影響をうけざるをえない。同じ乗り物に乗ったものどうし共生の道を図る責任が人間にはある。

妍を競う

太鼓台郷の自慢の村祭

今年も龍田大社例大祭の季節となった。

朝から在の人たちが町内をぐるりと回遊して、夕方また帰ってきた模様だ。
というのは、打ち鳴らす太鼓で今どこにいるか想像できるからだ。今日は里にお渡りして明日大社に集結するという寸法だ。
地区によっては、たいそう豪勢な太鼓台を引き回しているところもあって、各郷の入れ込み方がまたよく分かる。総じて、商売人が多い地区が贅をこらしていることが多い。
さらに、動員の人員構成からも郷の勢いのようなものを垣間見ることができる。今世紀中にはこれらのなかのどれかが廃れてしまうことさえ頭を過ぎるのは寂しいものだ。

熟読

行秋を古歌に親しむ飛鳥かな

収穫(とりいれ)の音が飛鳥野の各所に響き渡る。

昔とちがって昨今は即日脱穀してしまうので、あっというまに米袋が積み上がる。
それを軽トラの荷台にうずたかく積むと、前部が簡単に浮き上がってしまう。豊作である。
そんな光景を目にしながら、この水曜日、よく晴れて万葉集購読会に行くのもすがすがしい気分に浸る。講師は声が素敵な女性研究員。万葉集の世界では人ぞ知るアイドルである。
今月は第五巻終盤の目玉ともいうべき憶良の「貧窮問答歌」の長歌、短歌各一首(892、893)の熟読で、一時間半があっというまに過ぎてゆく。これから年度後半にかけて憶良の歌がずっと続く予定だ。

伏流水

川端に飯粒沈む秋の水

関西には「川端(かばた、また、かわばた)」と呼ばれる水場が多い。

清冽な伏流水が豊富に得られる土地ならではの風景で、有名なところでは滋賀県高島市針江地区、梅花藻でも知られる彦根市醒ヶ井地区などがある。
針江地区では比良山系の伏流水が各所に湧いて、これを飲料や炊事などの日常用水として巧みに利用されている。伊吹山系の伏流水が豊富な醒ヶ井では鱒の養魚が盛んに行われ、五十年近くも前に遠足で訪れたことが懐かしい。
同じように、関西以外でも鳥海山麓など豊富な湧水があるところでは、集落で共同利用することも見られ、上は飲料、中は炊事、下は洗い物用として利用する暮らしぶりがいまだに守られているところもある。
伏流水というのは水温、水量とも一年を通して変わらず、夏は冷藏庫の、冬は温水器代わりのエコライフを支えるが、水澄む秋は大根や芋を洗っては菜屑が流れたり、畑仕事後の鍬などの泥を落とてもすぐに透明な水に戻ったり、ひときわ趣が深い。
ここ、大和盆地には扇状地でもなく伏流水と呼べる湧水はないが、洞川など山間部に入れば大峯山系からしみだす名水が得られ、それを利用した豆腐などの特産物が知られているが、共同水場という風景は今はもう姿を消したのであろうか。

脂身

小鳥來て稿の進まぬ書斎かな
枝に刺す牛脂目当ての小鳥来る

散歩シーズンがやってきた。

あの夏の暑さでは外を歩く意欲すら湧かないが、これから冬鳥のシーズンとなると少々寒くても全然気にはならない。むしろ、わずらわしい汗に悩まされることがないので、距離だって伸びる。
怠けたはずみで増えた脂身ともおさらばしたい。
脂身と言えば、ふだん目にする鳥はひまわりの種を好むものだが、むしろ牛脂などを好んで食べる種類がいるようだ。虫など動物性のものを食べるものなら、いける口かもしれない。

暖房便座

捨猫を飼ふと夜寒の腹くくる
洋便座尻にしみいる夜寒かな

昨日より長風呂となった。

湯温も夏温度から冬温度へ。湯上がりのパジャマも長袖に。
暖房便座も夏の間は無用の長物でしかないが、今日からはオンに。
昔に比べれば座れるだけ腰にありがたいのに、そのうえ暖かいなんて。
先月迷い込んできた子猫も日に日に大きくなり、胴体がぐんぐん伸びて長くなってきた。手足もまたすこぶる長いので、大型猫になるのは必定。身長の伸びに肉が追いつかないと見えて、なかなかふっくらとした赤ちゃん猫らしくならない。様子を見ながら餌の量を増やしているのだが、これ以上やると肥満児になるかもしれず、さじ加減がむずかしい。
推定では生後二か月というあたり。里親を探すにはいいタイミングだが、情が移ってしまってるのでこのまま飼い続けることになるだろう。