新涼や母は少女の世界かな
耳遠き人に届かぬ秋の雷
駅ひとつ行く毎沈む秋陽かな
猫の子の顔見せるころ夕月夜
病む母は墓参かなわず秋彼岸
池の面秋色映えて大伽藍
菊の香や遺影の母は微笑みり
笹鳴きの案内に従ふ山路かな
山梔子の色に出にける思ひかな
木枯らしの行き着く先の飛鳥かな
めざせ5000句。1年365句として15年。。。
新涼や母は少女の世界かな
耳遠き人に届かぬ秋の雷
駅ひとつ行く毎沈む秋陽かな
猫の子の顔見せるころ夕月夜
病む母は墓参かなわず秋彼岸
池の面秋色映えて大伽藍
菊の香や遺影の母は微笑みり
笹鳴きの案内に従ふ山路かな
山梔子の色に出にける思ひかな
木枯らしの行き着く先の飛鳥かな
菊の香や 遺影の母は 微笑みり
お母さまへの思いが4句、追悼の気持ちに溢れています。
もう一句
木枯らしの 行き着く先は 飛鳥かな
俳句に大和はお似合いですね。
前編の「麦の秋」初夏でしたね。
黄金色の麦と早苗の緑が同居する風景を見知っているにも関わらず秋につられてしまいました。
今年のベストワン楽しみです。
「木枯らしの」は好きな句なんですがもう一つ言い得ていないようなもどかしさが残っています。北風、というより北西の風が強いんですがその方向に飛鳥の山が見えるんです。
後半の部では以下の2作がいいと思います。
・駅ひとつ 行く毎沈む 秋陽かな
*車窓から見える夕日が駅一つ過ぎるごとに徐々に沈んでいく光景が目に浮かびますね
・病む母は 墓参かなわず 彼岸花
*お彼岸の墓参りに病身のお母さんが行けなかった残念さが伝わってきますね
近鉄・田原本町線から見て二上山の右の方に沈む夕陽は、釣瓶落としという言葉がぴったりくる光景でした。
南天撰
天 駅ひとつ 行く毎沈む 秋陽かな
地 新涼や 母は少女の 世界かな
人 猫の子の 顔見せるころ 夕月夜
以上です。
「駅ひとつ」の句が好評のようですね。広い風景の果ての夕陽というのは本当に大きく見えました。もう一度あのような光景を見たいと思います。彼岸の頃飛鳥から見える二上山に沈む夕陽は有名なんですが、さもありなんとも。甘樫丘にのぼるとよく分かります。
いい句が揃ってると思います。他の皆さんの選句も参考にして、
三茶撰
天 猫の子の 顔見せるころ 夕月夜
地 菊の香や 遺影の母は 微笑めり
人 笹鳴きの 案内に従ふ 山路かな
数ある季語を使いこなしてる(使いこなそうとしてる)ところがすごいです。
今振り返ってもこの三句は素直に詠めてるほうじゃないかと思います。肩の力を抜いて無理のない句を作れればいいんですが。
天 地 人
と表記するのですか。
やはりおばあちゃんを思い詠まれたものとわかるものに目がいってしまいます。
耳遠き 人に届かぬ 秋の雷
私はこちらを推します(´•.̫ • ⋈)
その場に居たような感覚を頂きました。
句の評の方法は句会によってさまざまですが、たまたまコメントをいただいてる方々と一緒にやっている会では、そのような順位付けをしています。
今年はおばあちゃんの句が多くなりました。後半の10句に4句も入ってるのはそれだけ思い入れが強いんでしょうね。