また来年

遡り来し川をルートの帰燕かな

早朝に燕の群れが電線にとまっている。

それも家の真ん前だ。
二、三年前にもこういう景色は見た。ここら辺りで育った燕たちが南へ帰る第一歩ではないかと思う。
盆地では南への途上に集まると場所として平城京跡が有名だが、この子たちがわざわざ平城京跡に戻るのは不自然である。
春先早い時期に海から大和川沿いに登ってくる燕を見たので、この子たちも大和川へ出て大阪から淡路、四国経由のルートをたどるのではないだろうか。
素人がこんな推理を楽しむことができるのも、身近にこんな珍しい集合風景を目撃できるからでたいへんありがたいことである。
今シーズンは燕をあまり見ないと嘆いていたが、知らないどこかでしっかり子育てしていたのだろう。
来シーズンまでこの町内は燕のいないブロックになる。

悪霊払い

打ち上げの花火と夜間飛行の灯

昨日は全国的に花火の日だったらしい。

我が町は昨日豪雨だったので今日に順延したようで、梅雨空の暗い空に煙をたなびかせながら大和川河原から10分ほど続いた。
有名な花火大会にはもちろん及ばないが、これはこれで住民サービスの一貫で、近所から次々人が出てきて見やっている。
コロナや長梅雨にあきた子供たちの歓声も聞こえて、やはり花火というのは人の心を沸き立たせるものがあるようでいくらかは慰めになったのではなかろうか。

舐め舐め

枝豆やこの金剛の塩の粒

枝豆と塩。

これは切り離せない組み合わせ。
塩があるから麦酒も冷酒もさらにすすむ。
居酒屋で出されるものにはおそらく寸前にふりかけられると思われる塩粒が浮いていて、これがアピタイザともなって酒が進むのだ。
こうなると相当塩分が高くなるので、あらかじめ塩茹でされている家ではまずこんな食べ方はしない。
指まみれになった指を拭き拭き、舐め舐め、みるみる殻がうずたかく積もってゆく。
居酒屋とはまた違う枝豆の食い方。
秋の季語とはいうが、いまどきは早くから出回るので期間は長い。

時勢

玄関に霊棚すうる時勢かな

マスク越しの読経がよく通る声である。

盆の供養に来られるということで窓を全開してお待ちしていたのだが、こういう時だから玄関に過去帳を置いて私どもは仏壇の前になおるようにとのお話しで、お姿は見えないが般若心経、大悲心陀羅尼経はいつものようにはっきりと聞こえる。
御坊も大変な苦難の時代である。

おそまきの秋

傷つきし柚子のえくぼを愛しけり
柚子の香をあばたもともに愛しけり
棘とあばたとそれも愛してゆず香かな

まだ棘が残っていた。

枝がまだ若くて伸び盛りの頃、棘もまた成長中のものは柔らかいので見つけては伐っていたのであるが。
今日あたり、色もすっかり整っていい時分だからと手を伸ばすと、その固く成熟した棘の残党にうっかり触れてしまったのだ。
而して、痛みの代償としていくばくかの果実を得たのであるが、今年は数が少ない分一個の大きさも形も花柚子としては上出来のようである。
皮が痛んだものは風呂、殘りはジャムになるだろう。
柚子湯は冬,柚子単独では秋の季語だが、色形ともに美しいのは今ごろである。
林檎、洋梨、そして珍しい冬の梨と、各地からの到来ものに囲まれてデザートのゆたかな今こそわが家の最高の秋なのである。

暗峠粧う

平群谷西を東を紅葉谷

平群谷はいま雑木紅葉が真っ盛り。

西側は生駒から暗峠、そして信貴山にかけての生駒山地、そして東側は矢田丘陵に囲まれて、近鉄生駒線の短いローカル線はちょっとした旅心をさそわれる。
今日はまたとくに、暗峠に日が当たりそれはそれは雑木紅葉が見事な景観を見せてくれていた。
信貴山の御鉢はすでに葉を落として冬木立となっているようで、午後の光に何本ものシルエットを見せている。
きょうの紅葉をピークに、やがて冬の色を深めてゆくのだ。

立ちつくす

まのあたり紅葉且散る浄土かな

紅葉の素晴らしさに見とれていると、たいした風もないのにぱらぱらと音がして崩れるように散ってゆく。

声にならない感嘆のなかで欅の黄葉が散るのである。
葉ずれしながら落ちる音だけがその後も耳に残って、また次の落葉を待ちたいと思った。