今を生きる

鵙猛る里に日の落ちなんとして

駅を降りるとけたたましい声が聞こえる。

駅の近くに広がる里山に日がまさに落ちようとしている時刻、縄張り争いの鵙の高鳴きである。どこかの木の天辺付近で鳴いているのだろうが、目をこらしても見つけられない。残照にハイライトを浴びるようにまぶしいので、両手かざしに見回すが相変わらず高鳴きはやまない。
すっかり日が暮れるまであの戦いは続くのだろうか。見届ける余裕はないが、彼らも今を生きるのに精一杯なのである。

ゆるくなる

手の届く位置に柿あるホームかな

平群谷は柿の実が夕日を受けてまぶしい。

我が家の柿はとっくに終わったが、里の柿はいまが盛りらしい。
手を伸ばしたら近鉄のホームから簡単に届きそうなくらい、そこに昔からあるのはまるで当たり前のようでいたずらする人もいない。
点在する柿はすっかり里に溶け込んでいる。
昨日は投句をすっかり忘れていたようで、今日は昨日と今日の分を投稿しなくてはいけない。
だんだん頭がゆるくなってきたのかも。

種の滅亡

ともづれもなくて木の実を拾ふのみ

山の木の実が不作なのだろうか。

日本海側の各県に熊が出没しては駆除されるという何とも痛ましいニュースが届く。
人間によって自然が破壊されてゆくスピードが年追うごとに増しているようである。
つれて種の滅亡もすすみ、北極の熊などは今世紀中には姿を消すとも聞くと暗然たる気分に覆われる。
孫の世代の将来を憂う。

国産

食そそる島の檸檬の隠し味

やっぱり輸入のレモンはだめだ。

檸檬は国産に限る。
香りはもちろんだがテーストだってまるで違う。
いい檸檬とは囓っても酸っぱくないのだから。
ベランダで育てている檸檬が初めて生った。それも4個もだ。とりあえずの一個をもいで食卓の料理に使われたようだ。口に運ぶと上品な香りがかすかに鼻をついて俺が俺がのいやらしさがない。
跣足ではとても歩けない熱々のベランダでよくぞここまで育ったものだと労いながら、いつもと変わらないメニューがひと味違った物二感じた。
来年は鉢増して養生してやらねばと思う。

今年米

籾殻を嗅げば匂ふよヒノヒカリ

隣の香芝市まで籾殻をもらい受けに行ってきた。

「上げます」というサイトでただでいくらでももってけという奇特な方を見つけたのでさっそく伺ったのである。
ホームセンターへ行けばいくらもしない値段で売っているが、どこのものとも、どんなものとも分からないのを庭に蒔くのはためらわれるので、地元のほうがまだ安心ではないかと思ったのだ。
ことわりに「うんか」はありませんとあったので、虫がついてないよという当たり前のことかと思ったが、現地に着いて例の何とかウンカの害がないやつだよと、わざわざことわりを入れた物だったのである。
さすがに新籾とあって香りが高い。ヒノヒカリだよというだけあって、嗅げばヒノヒカリの匂いが立ってくるように感じる。
来年うまく育てば鉢のブルーベリーを庭におろそうと計画していて、土壌改良、空気ふかふかの土を今から準備しようと思う。
これがうまく生け垣として育ってくれればなおいいのだが。

濃霧

濃き霧をやがて透かして遅き日を

予報は晴れなのにずいぶん暗い。

厚い霧が盆地全体を覆っているのだが、まるで曇天のように太陽も見えない。
9時半頃になってようやく、濃霧を透かして高い日が上るのを発見する。ようやく霧が晴れようとしているのだった。
午後は嘘のように快晴の空が広がって心地いい秋日和となった。

共生

緑てふ土の肥やしの麦を蒔く

緑肥のライ麦を蒔いてみる。

土に深く根を張る麦の特性を利用して自然深耕させるのが一義の目的だが、稲藁の代替として実の生る前に刈り取りマルチ材とするのも狙いである。
通常の栽培では雑草防止と地温上昇のために黒いビニールマルチを施すのが従来農法のやり方で、この方法では毎回耕して、堆肥をやり、肥料もやりして土の疲れをカバーしなければならない。そんな面倒なことなどとてもやれなくて長続きしない原因だったので、ある程度まで雑草をよしとする方法を試みているわけである。
言ってみれば雑草との共生であるが、果たしてうまくいくかどうか、来年はチャレンジの年でもある。