夏化粧

立看板ど真ん中なる麦の秋

三輪一帯が茶色に染まっている。

三輪山の若葉も天辺だけとなって常緑の落ち着いた色にもどり、いよいよ夏色濃しだ。
ただこうしたせっかくの光景も、太陽光発電所と化した放棄田が鈍い光りを返していたりして、小津の舞台もすっかり変貌してしまった。
こうした麦畑は二毛作はせずに休ませるのがならいのようである。
あとしばらくは麦が風に靡く様を楽しめるだろう。

山中の集落

卯の花の垣のなにやら隠れ里

これ以上ないというくらいのいい天気。

気温こそ30度近いが風が乾いているせいか、日除けさえしておれば外歩きにはもってこいだ。
日本書紀読書会があるというので今日も飛鳥へ。隔月開催なので次回が待ち遠しい。

講義が終わって多武峰の麓を散策すれば、数戸しかない集落へ出た。とっつきには勸請縄が吊され、古くからの集落だと言うことが分かる。
さらに行けば卯の花の垣が巡らされて、人影も見られずなにやら隠れ里めく雰囲気だ。
多武峰の山腹にはこういう集落が散在していて、ハイキング気分で訪ね歩くのも悪くはない。

インバウンドもいいが

袋角ふりたてねだる仕草かな

東大寺は修学旅行シーズンハイである。

ぽっこりと角が生え始めた鹿が煎餅をねだる仕草がまるで挨拶するようだと、ツーリストとくに海外からの観光客に人気で、スマホかざしながら鹿と戯れる光景があちこちに見られる。
インスタグラムとか自撮りに夢中で、なかなか煎餅がもらえないと業を煮やしてツーリストを突き飛ばす事故も多いらしい。
見ていると長々と挨拶させているのはたいていアジア人、それも中国系に多いと見た。
これからは子鹿のシーズンでもあり、ナーバスになっている母鹿とのトラブルも増えると聞く。
インバウンド効果もいいが、あくまでも野性の動物であることを周知、呼びかける活動を保護団体任せにせず、自治体、観光協会なども積極的に関わってゆく必要がある。

活動開始

塵取に蟻ごと箒使ひけり

塵取のゴミに蟻が紛れ込んでいた。

ただ、それだけのワンシーンである。
みぃーちゃんの食べこぼしにたかっていたのに気づかず掃いてしまったのだ。
可哀想だがそのままゴミ箱へ。
ついこの間までは蟻が出てこなかった。ということは暑くならなければ蟻の活動は活性化しないということで、キリギリスさんを横目にせっせと働いていたのは冬籠もりの準備だったんだね。

好事魔多し

ねずみ取りはまる善人青嵐

最近やたらねずみ取り現場に出くわす。

だいたい場所は決まっているので御用とはならずにすんでるが、たまに網に引っかかる気の毒な人がけっこういる。
というのも、ここらでよく見かけるのは一時停止違反の取り締まりで、物陰にひそんでこれをチェックしているのだ。
停止線で停止していては左右がよく見えなくて、つい徐行で前へ出てしまうと御用となるわけだ。
全く確認しないで優先道路へ飛び出すなどレアだと思うので、実態にそくした運用があってもいいと思うのだが。
新緑が眩しくて心洗われるようないい気持ちになってると、とんだ災難に巻き込まれかねない。くわばら、くわばら。

雨を呼ぶ風

茅花流し迷子情報運びくる

窓を開けると外の音が聞こえてくる。

冬の間は締めきっているので、有線放送があっても何を言ってるのかさっぱり要領を得ないが、夏ともなると風に乗ってクリアに聞き取れるようになる。たいがいは、行方不明者の案内で見かけたら連絡してくださいというものだ。
半日くらいすると今度は無事見つかったと、また有線の連絡がある。
昨日、今日の風は南風。雨を呼ぶ風である。いわゆる茅花流しだ。
沖縄、奄美地方はすでに梅雨入りしたという。
これからはからっとした天気からぐずぐずとした天気へ。湿気がまといつくような鬱陶しい日々も近い。

散るはさだめの

蜘蛛の子の目鼻手足のおぼつかな
蜘蛛の子の孵るや散るのさだめかな
蜘蛛の子の散るは人間踏めぬ道

蟻よりはるかに小さい。

ごま粒ほど小さいという言葉があるが、人の目から見れば粒にもならない、まさに点でしかない存在。うっかり指を置けばつぶれてしまいかねない儚い存在である。
そのコンマ何ミリかという小さな紅い点々がブロックの上など、注意してみなければ気づかないところを集団となって移動している。
袋から孵ったらまづはどこかへ行かなければならないとばかり、いっせいに動くのだ。いったいどこへ行こうというのか。