柳絮の才

雨降れば暴れ川飛ぶ柳絮かな

実際に映像でしか見たことがない。

柳絮というのは文字通り柳の花が絮となって空を舞うものをいうが、まさに遠目には雪が降るみたいに空中を漂うことがあるらしい。
柳といえば、川柳。上高地の安曇川河畔の柳を思い浮かべる。
あれほどの数があれば、どの木からもおびただしく一斉に川の上を絮が飛んでゆくシーンを想像する。
柳といっても、よく見る類いの枝垂れ柳ではないらしいので、川柳なら飛ぶのではないだろうか。

山に詳しい渓山さんなら、上高地で目撃したことがあるかもね。

ところで、「柳絮の才」とは、文才がある女性のこと。
晋の王凝之の妻の謝道蘊が、子供の頃降る雪を白い綿毛がある種子の柳絮にたとえた詩を詠んで、文才をたたえられた故事からとっている。
さしずめ南天女のことをいうか。

禁札

春陰の墨札にじむ御陵かな

勘違いしていたようである。

「陰」のイメージから、ものの陰に「春愁」を思い浮かべるような心象的なものとばかり思っていたが、実は花曇りのような曇りがちな春の天気のことだった。花曇りのようにときを限定されることはない。
さっそくチャレンジしてみたものだが、御陵前には必ずといっていいほど掲げられている、宮内庁の禁札を詠んだものである。
曰く,鳥や魚などの生き物、植物を採取してはいけない。立ち入ってはいけない、などと書かれたものである。
墨字も板にしみこむように、風雪の重みを感じさせるものが多い。

山椒の香も添えて

筍の雨後の泥つけ引かれけり

包丁がすっと入った。

孟宗のそれはそれは太いやつだったので、俎に思い切り押さえつけて刃を入れたら、これが以外にさくっと切れたので拍子抜けしてしまった。雨後にぐんと伸びた直後だったのかもしれない。
というのは、これは毎年、背後の信貴山中の竹林から採ってきたのをお裾分けにいただくものだが、今年は猪の出没に身の危険を感じながら掘った貴重なもので、猪が見逃した数少ないものの一本だからである。
雨後の短い時間に伸びた筍は、猪だって食べるに追いつかなかった証拠であろうか。
あまりにも大きくて鍋に入りきれないので、頼まれて真ん中で割ったのが冒頭のシーンである。

今日掘ったものだから、刺身でもいけるかもしれないが、いつものとおり一緒にいただいた糠でさっそくアク抜きだ。
鉢の山椒もいまは小粒な若葉で香しい。
たっぷりふりかけていただくとしよう。

惰眠

亀鳴くやシアン欠けたるキャノンの絵

やっぱりプリンターが故障で動かなくなった。

ご丁寧にも「修理に出してください」というメッセージを吐いて、ウンともスンとも言わなくなった。
先月だったか、やはりインクを全交換して騙し騙し使ってきたが、今日の二枚目になって突然止まったのだ。
インターネットの時代とはいえ、やはりプリンターがないと不便なので、やむを得ず家電ショップにかけこむ。
先週は、洗濯機がこれまた突然の水漏れだ。図体がでかすぎて筋力の落ちた老身にはひっくり返して調べることもままならない。
10年くらい使ってきたので、修理に出したところでこの先どうなるかは見えているので、買い換えとなった。掃除機、電子レンジ、この一年の間につぎつぎとダウンしていたので、もうしばらくはないかと油断していたところの物入りとなった。
本当にもうしばらくはないのだろうか。

カラープリンターというのは、シアン、イェロー、マゼンタ、どの色が欠けても用紙にはこの世のものとも思えない、異様な世界が出現する。
犬などは色を識別できぬと聞くし、猫は猫でド近眼であるらしい。
それを聴覚、嗅覚などで補うために、人間では想像もつかないレベルに発達しているらしい。
もしかすれば、光りの波長を幅広く識別して、その中間的な色まで識別できる能力を取りそろえた生き物というのは、人間だけかも知れない。
そう考えると、いかれたプリンターに印刷された異様な世界というのは、ある種の動物にとっては正常なことで、ひとり騒いでる人間を尻目に、春の惰眠に耽っているのかも。

見渡せば

明治橋昭和橋へと花の屑

それぞれ架けられた時代の名前だろう。

あとで完成した昭和橋が国道として交通量も多いのに対し、明治橋は100年前にあった先輩なのだが今は県道として立場が逆転している。
桜のころは、川面が盆地中の落花で覆い尽くされるが、いま両橋のあいだの河原、土手は遠目には菜の花だが、実際は西洋芥子菜が咲き誇っていて黄色一色である。
しかし、これもやがて夏となると、また別の渡来植物に席巻されて様相が一変する。
冬またすべて枯れ、春となればまた花屑、芥子菜へと繰り返される。
ダイナミックな変遷がごく身近なところで繰り返されてるのだ。

ある風景

朽舟の泥曇らせて蝌蚪走る

不思議なことだが、浄瑠璃寺の浄土池に小舟が沈んだままだ。

底が浅くて全没はしないが、池の水面近くに大きく張り出した楓が緑なしてくると、その陰にも隠れそうなくらいになる。
ちゃんと水を抜いて手入れをすればまだまだ使えそうな気がするのだが、なにかの行事のときはそうしているのだろうか。
過去にも何回か來ているが、小舟が沈みかけているのは記憶にない。
あのまま、朽ちていけば泥舟となり、池の生き物たちの格好の栖になるにちがいない。
琵琶湖畔なれば、係留したまま朽ちていく舟というのも絵になるとは思うのだが。

ボランティア頑張る

ブロークンなれどジョークの長閑なる

英語フリップを脇に客を待っている。

奈良の主立った名所ではボランティアガイドが大活躍している。
平城京、飛鳥、斑鳩など、事前に申し込めばそれぞれの名所に詳しいガイドが半日くらいつきあってくれる仕組みがある。もし、グループで来られるなら、事前に調べておくのもおすすめだ。