春塵に金剛山こごせ葛城山かつらぎなかりけり

風が強いのにあたりが靄のようにかすんでいる。

黄砂とは言ってないから、土埃に加えて杉花粉がかき回されて大暴れしているのであろう。
ここ数年花粉アレルギー気味の症状がでており、くしゃみ連発、目をしばたたせ。
家に入る前には少しでも花粉の侵入を防ぐため、上着をぱたぱたはたいてみたり。
騒がしい春だが、今年の開花予想は24日だとか。しばらくあれこれと話題に困らない三月になりそうである。
そうそう、翔平君の奥さんをめぐってのこれまた巷の詮索、MLB開幕の韓国もまた騒がしいことであろう。

旧暦

忌日また四年に一度二月尽

朝から運転免許証発行ができないトラブルがあったそうな。

うるうの処理のバグが原因という発表だが、金融システムとちがってとりあえず有効期間の延長で回避する程度で済んで、不幸中の幸いというべきか。
かく言う私めも、プライベートで楽しんでいるウェブ句会の当月締め切り日をうっかり28日に設定してしまったことで、句友には大変迷惑をかけてしまったのでおおきな顔はできない。
出生届には今月の29日生まれを嫌って前後の日を書き込むことがあると聞くが、死亡届にはそういう話しは聞かない。其角などは旧暦2月30日であったそうだが、当時はうるうなどという概念はなく今となってはいつをもって忌日としているのだろうか。

心うきうき

日溜まりは南面が好きいぬふぐり

下萌えが星に輝いている。

いぬふぐりとたんぽぽ

おおいぬのふぐりである。
鮮やかな碧に混じってたんぽぽの黄とのコントラストがなお鮮やかである。
ひさしぶりの陽気に小さくて可愛い春の息吹を目の当たりにすると、つい足を停めて手にとってみたくなる。
昨日の初音といい、今日のいぬふぐりといい、心うきうきわくわくの季節である。

練度

竹騒に耳研ぎ澄ます初音かな
竹騒に調子半ばの初音かな

犬も歩けば棒に当たる。

冷たい風をついて外を歩いたがその甲斐は十分にあった。
畑で抜いた葱や大根などをぶら下げながら帰る道々、信貴山から流れ出す川べりに沿って竹林がもはや手をつけられないほど茂っているのが続くところに出る。
風でざわざわ騒ぐ真竹の擦れ合う音に混じって、本調子半ばという具合の鶯の鳴き声がはっきり聞こえる。当地より数度気温が低いと言われる榛原でさえ半月以上前には初音の報があったので、当地のものは相当練度が上がってきていたとも言えようか。
これより半年以上家の近くの八幡さんの杜から、信貴川沿いの竹林から、朝に夕に佳い声が慰めてくれそうである。

佐多岬

伊予にまた地震の報ある二月かな

心配される中央構造線近辺に震度四の地震があった。

震源地は能登よりなお狭い佐多岬の根っこ部分。先端には伊方原発がある。
ここが被害を受けると能登以上に行き場がないだけに、手の施しようがないほど悲惨な結果になりはしないかと怖れるのである。
ここには熊本・大分地震の延長線上となる構造線が伸びていて、四国の背骨を貫き紀ノ川、吉野川を経て伊勢、渥美、浜松へとつづく。
四国はしばらく大きな地震がない空白地帯で、南海トラフ地震に先立って地震発生が心配されるエリアである。
先日も南宇和で地震があったばかりである。
背筋の寒さがいっそう募る二月である。

終焉の美

梅ヶ枝の風にふるへて散華かな

通り抜ける風に枝が震えている。

梅だから吹雪というほどではないが、先に咲き始めた梅がどんどん散ってゆく。
遅れて咲いた枝のものは風にも十分耐えられていて、梅終焉の美をしばらく楽しませてくれる。
櫻と比べて圧倒的に花期が長く、ずっと楽しめるのでやはり梅は初春の代表だ。
わが白梅はこのように長くもってくれてるが、ずっと遅れて開いた紅枝垂れはさきに終わりそう。

次の代

ひと吹きの花菜に活をもらひけり

ぽつぽつと菜の花の黄色が目立ちはじめた。

あちこちで薹立ちが始まっているようだ。薹立ちは種を成す作業の始まり。次の命を生み出す一歩である。
背を丸めて歩くのはやめ、足もとではなく遠くを眺める季節の到来である。
それほど暖かくなくても、春は実感のものとしてこの身を漬しはじめた。