ミニカッパドキア

撮りたればお伽の家の茸かな
撮りたれば食ってみろよと言ふ茸

雨の日が続いてにょきにょき顔を出してきた。

櫟林の下草の間の、あちこちに珍しい形の茸がある。
ずんぐりとした胴のものもあれば、傘をおおきく反らせるようにしたやつ、どれも立派な傘をもっていて妖精たちのハウスのように見えてくる。
蹴散らされることなく目の前に造形の美しさを楽しませてくれたのはさいわいである。

Dランク

鉄棒の雫の錆びて秋の雨

暑くて出不精が身についてしまった。

かかりつけ医で目新しい器械があって興味を引かれると、さっそく測って見よと言う。
年齢をインプットして指を突っ込むと、スーパーのレシートのようなものが書き出されて何やら数字が書いてある。
体の老化度というか、健康のバロメーターを示す数字で、同世代のどのレベルにあるかを示しているそうだ。
5段渦中のDランク。
ちゃんと運動しているか、ちゃんとバランスのとれた食事をしているか、ちゃんと眠れているか、などなど問診があるが、やっぱり運動不足が問題だと言うしかない。
この長雨が終わったらまたあの古墳公園周遊コースを歩かなくちゃ。これから冬〜春までは最高の散歩シーズンだし。

降りみ降らずみ

きれぎれの雨の小止みの昼の虫

今日からしばらく天気が愚図つくそうである。

いつもの通りたいして振らないかと高をくくっていたら、朝から意外にしっかり降っている。
ただ、秋独特の降りみ降らずみの雨のようで、ちょっと小降りになるとすかさず虫たちの声があちこちから聞こえてくる。まるで、遅かったシーズンを取り戻すかのようだ。
夜になって雨が一段落したら、今日は耳鳴りがするような虫すだき。
とくに珍しい虫が居るわけではないが、こおろぎたちのなかなかのオーケストラ団だ。

払底

樽買のボトル封切る夜長かな

年代物のウィスキーが品切れだそうな。

12年、17年といえば、いまやごくポピュラーな酒だが、メーカーでは想定以上の需要盛り上がりで値上げどころか、原酒自体が底をついてしまったのだという。
有名洋酒メーカーにいまも現役で頑張っているI君のところで、何回か工場見学をさせてもらう機会があったが、寝かせてある樽がずらっと並ぶところなどは壮観でさえある。聞けば、入社年に仕込んだモルトを同期一同で樽ごと確保できるシステムがあるそうな。
同窓会などで、そういう貴重なものを手土産に持ってきてくれるI君も太っ腹なら、メーカーもまたおおらかな社風で、いい会社とはそういうような企業風土が組織のすみずみにまで行き渡っているものであるらしい。
工場見学でいただいたミニボトルが封を切らぬまま棚に鎮座したまますでに数年経過している。この銘柄もいまやなかなか手に入らないものである。飲もうと思えばいつでも飲めるのであるが、ここまで時間が経過すると、もはや記念品を通り越して思い出に近いものになるので、なかなかそういう気にはならないのである。

三点セット

自然農赤のまんまの好きにさせ

畑に顔を出したところでたいした害はない。

秋の収穫が終われば、他の雑草ともども土に鋤込んでしまう予定なのだろう。
それにしても赤い蕎麦の茎とも、赤蜻蛉とも、三点セットでよく調和というか、競うというか、目の当たりが朱く染まるような紅の世界である。
ここはあとひと月もすれば新蕎麦採り入れの時期になる。

耳を澄ませば

小鳥来るさても年寄耳敏く

今日は年寄の日、老人の日転じて敬老の日。

毎年町から敬老会催しの案内がくるが、いまや5人にひとりが70歳以上というご時世に、相も変わらぬことを繰り返して何の疑問も抱かぬのだろうか。福祉施設に入っている人を大量に送り出せば、それなりに参加人員は満たせるだろうが、元気な老人は施設外にいっぱいいるのだ。
元気な年寄りはお仕着せの慰問など少しもありがたさを感じないだろうし、趣味も嗜好もまちまちでそれぞれが自分の生活を享受しているはずだ。
いよいよ老人大国に突入しつつある国の、年寄りたちが誰でもいつまでも元気に老いる施策というものに重点をおいたらいかがと思うのだが。

今日は朝起きたら耳慣れない声の鳥の声がした。ヤマガラなどはすでに目撃しているが、今朝のあれは何だったのだろう。
すでに、鵯が鵯らしい声で騒がしく鳴くような季節だが、鵙の声が待たれる時分となっている。

柵に接して

おしろいが咲いて列車に揺れる家

都会では往々にして軒を接するように電車が走る。

多くが高架に変わっているが、いまだに昔のままの路線も多い。それらは、たいがいが下町を走るわけだが、どういうわけかそういう家にはごく狭い場所にも花を咲かせていることが多い。
駅間も短く、スピードもあまり出さないから、満員の車窓からそれらの花を楽しむのがささやかな通勤の彩りである。
秋桜もいいが、やはり、この季節は白粉花がもっともしっくりするような空間である。