陰の子規忌

立待の宵を隣家の早仕舞

三連休のはずだが隣家が静かである。

昨日、今日と遊び疲れて早寝なのかもしれない。
明治35年9月19日、旧暦でいうとその日は8月17日で子規の命日であった。床に伏したまま月の出を待つことなく子規が逝った日である。つまり、子規忌とは9月19日を指すが、今年の9月15日は陰の子規忌であると言ってもいいかもしれない。
合掌。

色失えど金は金

十六夜の坂の下なる大仏殿

寧楽坂を降りてくると真っ先に大仏殿の大屋根が目に飛び込む。

深い松林のなかに、屋根の部分だけがぽっかり浮かぶように見えるのだ。
三笠山、春日山の影にあるから、十六夜の月が顔を出すのはさらに遅れて、その月が東大寺を照らす自分はそれなりの高きにあって、東大寺の地苑をいやが応にも明るく照らす。
銀色にかがやく大屋根の鴟尾も色こそ失えど輝きは銀に蒔けない。
昨日は無月だったので、今夜こそじっくり眺めてみたいものだ。

空気を読まない花

一日の始めの駅にカンナ咲く

さあ、これから出かけるぞと思っていると、目の前にカンナが飛び込んできた。

ホームから線路をはさんだ斜面に原色のオレンジ色の花が咲いている。
今日もまた暑くなるぞと覚悟する日差しに照らされて、その燃える色にますます暑さがつのってくるのだった。
カンナというのは、不要なほどに大きくて、残暑でうんざりしているときにも遠慮なく自己主張しているようで、周りの雰囲気にはそぐわない、いわば空気を読まないようなところがあって好きでは無いのだが、吟行に出かける朝などに見かけるとムチを入れてくれて自覚を持たされるような花なのである。

剝落隠しようなく

バス降りて一ㇳ日の旅の鰯雲
瓶口に牧のミルクの爽やかや
変哲のなきコスモスの寺なりし
コスモスの花の名借りて露の寺

今日のまほろば吟行はコスモス寺の般若寺へ。

平城京の鬼門を守る寺で、例の重衡の南都焼き打ちにあったことでも知られ、鎌倉時代の再建を経て今日に至るが、さしもの古刹もいくばくかの剝落は隠しようがないようである。
それを補うべくと言うことであろうが、境内にコスモスを育てて参拝客を呼ぼうということだが、寺のあちこちのほころびに心なしかあはれを催す。
気分転換は寺の裏、というか寧楽坂の街中にある小さな牧場を見学して味の濃い牛乳をいただいたこと。

兵法者

蟷螂の雨に遁げ出す草の蔭
蟷螂の退くときは退く兵法者

どうやらかまきりは水が嫌いらしい。

散水の水が苦手のようだし、突然の雨にもファイティングポーズとるどころか、一目散に草蔭に逃げ込もうとする慌てぶりは滑稽ですらある。
けだし、三十六計逃げるにしかずを地でゆく兵法者であろう。

広大空間

枯色の背なにおんぶのばったかな

2センチにも満たないバッタがさらに小さいばったを負ったまま動かない。

バッタというとあのキチキチ言いながら飛ぶのをイメージするだろうが、わが庭にいるのはほとんどこのような小さなバッタである。あのサイズで交尾するくらいだから、もうこれ以上は大きくはならない種類なんだろう。
これらのバッタはなぜか水栓の周りにいることが多く、朝はいつもご対面。かといって、水が身にかかるのは嫌いらしく飛沫がかかるとさっと逃げてゆく。
人間にとっては一メートル四方、立方に過ぎない狭い空間だが、彼らにとってはきっと広大な空間としてどこでも好きなように生きていい空間にちがいない。

蓑虫庵

蓑虫の果樹の葉まとひ鳴きもせず

とうとうわが家も蓑虫庵と名づけるべきかと思う。

この春から一匹の蓑虫がときどき枝を替えてはブルーベリーに拠っていた。
夏の間に収穫もとっくに終えて、注意が足りなかったか、今日水をやろうとしたらおびただしい数に増えている。
むろん全員ブルーベリーの衣をまとっているわけだから、葉っぱがすっかり抜けかかっている。青いのを使ったのか、それとも水不足で枯れてしまったのをまとったのか、どちらとも分からないが、いずれにしてもファミリーとしか思えない集団である。
というのは、春から棲みついていたのは大きな衣だったのに、今日目撃した連中はひとまわり小さい。今年生まれたばかりではないかと思うのである。今後かれらが棲みつくのか、四散するのか、しばらくは観察の目が離せない。

また、こうなるとこの秋はまずご本家蓑虫庵に行かずばなるまい。俳句がちっとも上達しないのは、伊賀はほんに近いというに、いまだ俳聖とよばれる翁の足跡をたどったことがないのが祟っているからなのである。