仕立て

鏝埋めてよそさま縫ひし火鉢かな
大き手と小さき手かざす火鉢かな

今日は思い出編である。

母は昔仕立ての内職をしていた。
少女時代からお針子として勤めていた母の、ひとさまの反物を預かって、洗い張りをしたり、縫ったり、鏝をあてたり、しつけ糸でまつったり、着物の仕立の一部始終を目にしていた。妹たちの正月の晴れ着なども母が縫った。はやりの兎の首巻きをしておさまっている子供の頃の写真はとっくにセピア色だ。
その頃、昭和30年代のはじめまでは暖房と言えば、炭団炬燵に火鉢くらい。
餅が焼けるまで、火鉢に寄せ合うように手をかざしたのも懐かしい。
間もなく母は病みがちになって、針をもつどころか家事までたいへんな時期があって、盥の洗濯など手伝ったこともある。皹やあかぎれに悩んだのもその頃の話だ。

メモ代わり

解かれずして古暦とはなりにけり

家にいくつカレンダーがあるだろうか。

その昔は、部屋や廊下などあちこちに掛けてあったものだが、最近では日と曜日の文字が大きく見えるカレンダーしか掛かっていないし、またそれだけでも十分である。
いただくカレンダーも昔に比べればずいぶん減ったが、それでもいくつかはとうとう日の目を見ないで一生を終えるものがある。
絵や写真の美しいもの、有名な人の手跡になるもの、いろいろ名作はあろうが、わが家ではカレンダーは予定を書き込むメモでもあるので、各日に余白がたっぷりあるのがいい。猫の姿態が描かれていればなおいい。

捨てたものじゃない

しぐるるや虹示現する峰の寺

目まぐるしい天気の変わりよう。

雨脚が遠のく頃合いを待って外へ出たら、脊山・信貴山をおおうように虹が立っている。
虹本番の夏でもめったに見られないほどの、太く、くっきりと輪郭もたしかなもので、しばらく車を発進させず見とれていた。
大和川まで降りてきて振り返ると、もうお山には虹の跡形もなく全体に日があたっているいつもの光景だった。
まことに時雨らしい時雨である。京都は時雨の名所だと言うが、なになに、初冬から何度もしぐれる奈良も捨てたものじゃない。

遠火事

炊き出しの深鍋に焚くおでんかな

今日は自治会の防災訓練。

消防署から広報スタッフも参加して、消化器の使い方、消火栓とホースの扱いなど、実演交えての講習会の折も折、緊急無線が入りスタッフに緊張が走った。見ると遠くに黒煙が上がり真上に伸びているのがはっきりと分かる。ものすごい煙りにこれは工場などの火事に違いないと思ったが、果たして工場倉庫が燃えているとのことだった。防災無線から各基地に出動命令が出されているときには、参加者にも緊張感が伝わってさらに訓練に真剣味が加わったようでもあった。
30分ほどで煙は見えなくなったので鎮火に向かっているようで、訓練が終わるとみんな安心したように、恒例の炊き出しのおでんの熱々をふうふういいながらいただくのであった。
自治会の活動は年内にもうひとつ。夜回り、餅つき、役員による忘年会が年の瀬押し詰まってから。年が明けると来年度総会、役員推薦など一年の締めくくりの活動が待っている。
昔取った杵柄で自治会館の防火管理者となっていることもあり、来年度も役員からは逃れられないとは思うが。

雲が湧く山

葛城に日矢見ざるなし冬の雲

今日も葛城には雲がかかっている。

葛城を超えた冬雲は葛城の里に日矢を射しながら移ろってゆく。これが毎日のように見られるのが大和盆地南部の冬の光景だ。
日矢でないときは西から東へ時雨が走っている。
葛城の山裾が一日中晴れているという日はあまりないんじゃないか。
外出するたび、顔を上げれば遠くには日矢が大地を射している。

縁起物

二三両こぼれ萬兩紅つくす

万両のピークが過ぎつつある。

正月の縁起物としても尊重されてるわけだが、今年は寒さが例年より早まったせいか、いくつかこぼれはじめた。
万両というくらいだから数粒落ちたとしても全体には影響しないが、千両とあわせ無事に年を越してほしいものだ。

極寒仕様

着ぶくれてふんぞり返る会釈かな
着ぶくれて突つきもされる胴回り

格好なんて構っていられない。

何ちゃら暖とかいう発熱下着の上にあれやこれや着込んでいざ、いざ。
よく見れば、周りもしっかり極寒仕様。
お互いに腹回りを指さして大笑い。
吟行に出て風邪を引いたではすまないのです。