実景と虚景

風花をおろす生駒の空青し
湯畑の風花おろす白根山

雨かもと言う予報だった。

折りたたみ傘をしのばせたが、案に反して大阪は晴れ。
今日の題は「風花」。
いつもの年なら何回か見ることがあるのだが、こんなに暖かい冬ならば今年はもう想像で読むしかない。
生駒の上空は青空。風花は生駒颪がもたらしたことに。
NHK全国大会のため主宰は不在で主宰選はお預け。
湯畑のもうもうとした白い湯気、そこへ白根山から白い風花が飛んできて。白づくしの実景だが。

一足飛びの春

野梅もて道を照らせる飛鳥かな

もう春である。

一歩外へ出れば景はもう春だと強く感じた日であった。
探梅どころか、飛鳥の白梅は曇りにもかかわらず満開で眩しいくらいである。
こうなると、冬の季語より、春の季語を探す方が早いかもしれない。

冬菜畑

保留地の畑の隅の雪中花

水仙の別名である。

雪の中でも花を咲かせるということから名づけられたという。
持山を開発して大きな団地を作り、地主が一定の土地を割り当てられたものが保留地と呼ばれ、造成が完了すると正式に自分名義の土地となる。
まだまだそういった空き地が目立つ団地だが、近くに住む地主が菜園として利用しているケースが多い。
そういったもののひとつが駅までの途中にあって、いつも丁寧に畑作をしているお宅がある。今日気づいたのだが、大事に霜除けされた莢豌豆など、整理された冬菜畑を囲むように水仙が群れている。
菜園としては珍しいくらい美しい畑で、それを小さな水仙の群れが見守っているという図式に思わず足を止められたのである。
それは美しい冬の景色であった。

生きる証

寒禽の車に落とす白いもの

駐車中の車のなぜか同じ場所ばかりやられる。

烏なのかヒヨドリなのか。
とにかくちっちゃな鳥ではなさそうな量である。
燐を含むというからボディの塗装膜を痛めるというから見つければ洗い流すしかないが、ここでも洗っても洗っても落としてゆくものとのいたちごっこである。
餌の少ない冬を越せるかどうかは鳥たちにとってはむろん死活問題であるが、落とし続けることが生きる証となる。

生糠

園丁の袋逆さに寒肥す

業務用の大きな袋から直接庭木の根元に施肥している。

石灰と一緒に寒肥しているようだ。
寒肥は袋の文字から油粕と分かる。
本当は発酵したもののほうがいいのだろうが、まだ寒の内だから生のようである。
だんだん暖かくなるにつれ発酵が始まって春にはいいかげんになるのである。
そう言えば、家庭菜園が得意の渓山さんは生糠だと言っていた。土に混ぜ込んでやればこれも二ヶ月もすればいい肥料になるのだろう。
梅とか柿とか、花や実を楽しむものには今が寒肥の季節である。
あいにくここしばらくは雨模様ときたが。

ご自由に

除湿器にマスクの眼鏡くもりけり

診察券を出すが早いか、マスクをつける。

月一度薬をもらいにクリニックへ行くのだが、インフルをもらっては大変だから受付カウンターに「ご自由に」とあるマスクを一個もらう。日常マスクをすることはないが、都会に出たり、今日みたいにクリニックにいくときは予防のため必ず使用する。
眼鏡をしてじた時分はこれが厄介で、満員の電車、暖房を効かせた部屋などでは曇りとの戦いである。
内科クリニックでも除菌を兼ねた除湿器の白い霧がもくもくたっており、エアコンが入っていてもそれなりに湿度が保たれているから、瞬間周りが真っ白ということも珍しくない。
老眼がすすむとともに近眼が治ってきたのが不思議で、もう7、8年は眼鏡なくても不自由しなくなったから、マスクの敵はなくなったのだが。

これで大寒?

ショッピングカート二人で曳いて春隣

空も山もすべてが霾るように曇っている。

景色はもう春である。今日から大寒というのにである。
スーパーマーケットまで買い物に行く途中そのことにしきり話がおよぶ。
ようやく、大峯や高見山が冠雪した景をみせてくれるようになったばかりと言うのにである。
風も強くて立春はまだだが春一番と言ってもいいくらいである。
今週の予報も暖かい日がつづくと言うし、早咲きの梅の便りもちらほら聞こえる昨今である。