能がない

あの三月僕らはガスが落ちただけ

特別な三月である。

あの年は、実際にその時代に生きていた人にとってはさまざまな記憶があろう。
私にとっては、震度5を検知してガスが一時的にシャットダウンしただけで、電気も計画的停電がしばらく続いたとはいえ、全く遮断されたわけじゃない。
命の危険があったわけじゃない。
ただ、あの惨状をマスコミを通じて眺めるしか能がない自分に地団駄を踏むしかなかった。
今もこうして毎朝命をいただいていることに感謝することしかできない。

“能がない” への4件の返信

  1. 心地よい春風と協奏して昨日名古屋ウィメンズマラソンが開催。
    例年ボランティアを務めたが今年は断念。
    東日本大震災の被災地から練習環境を愛知の豊川高校に求めて集団転校したマラソン初出場の「関根花観選手」が日本勢トップの三位に輝いた。
    先輩の津出身の岩出選手は四位。

    身近に東北出身の知り合いや友人はいないしましてや震災に遭ったという人も直接的には知らない。
    だからと言って忘れてはならないこの大惨事。
    昨日3.11は列島が祈りに包まれた。

    1. 豊川高校と言えば全国区ですよねえ。そこで研鑽して日本勢トップ。逆境をはね返してきっと強い精神力が養われたんでしょう。本当におめでとうと言ってやりたい。

  2. あの三月僕らはガスが落ちただけ

    あの日の事は、各人各様に 記憶が刻まれ 今でも、ああだった、こうだったと 鮮明に語ることが出来ます。
    でも、実態は、ホダカさんの句のように、「ガスが落ちただけ」かも。
    関西人の私には、被災地の生き様が、どうしても (笑って、自虐的にも
    見える頑張りで 復興した) 阪神大震災と 比較してしまい、
    どうして 東北は いつまでたっても 鎮魂とか哀悼で 支援支援、なんだ、と 思ってしまいます。
    本音を 呟いてしまいました。 

    1. 制御し得ない自然相手の惨事に加えて、いわば人類が生み出した鬼っ子とも言える原発、やり方によっては被害を最小にすることも可能だったはずなのに、人間の傲慢によって引き起こされ、故郷さえ奪われたことへのやるせない思いが重なっているように思います。
      都会のエネルギーをまかなうための原発であったことも、被災地の悲劇に特殊な性格を帯びているような。

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