父巻くや吾が愛用せしマフラーを
突然50年以上前の思い出が甦った。
ある年の暮に帰省したら、少年時代に巻いていた手編みの毛糸を父が見つけて普段用に使っていたのだ。
実はこのマフラーには特別な思い入れがあるのである。
緑を基調とする糸で編まれていたが、あるところから色のトーンが変わっているのである。意匠上の理由ではなく、単に同色の糸が足りなかっただけなのだが、それを巻いて外に出るのは少年にしてみれば気恥ずかしくて長い間タンスに眠っていたのである。
すっかり記憶から遠ざかっていたものが突然目の前に現れると狼狽することがある。それはせっかく真心こめて編んでくれたものをないがしろにした後ろめたさから来ているのだろう。
そのマフラーを入院中にも巻いていた父はそのまま帰らぬ人となった。