すぐそこの春

そのかみの磐座秘めて山笑ふ
目の届くかぎり神の座山笑ふ
ダム底に郷愁ありて山笑ふ
離村棄村是非に及ばず山笑ふ
離村すと決めたる肚に山笑ふ

今日もまた零下の朝。

しかし、光の力はまさしく春のもの。
句会へ向かう途中の山々に強い光が当たると、明らかに芽が動き出したことが分かる色に染まってきている。
三輪山も、鳥見山も動き出したのだ。

季節は例年より速いピッチで進んでいる。

芽吹く音

山笑ふ耳をすませばふつふつふつ

折口の「死者の書」のオノマトペが強烈だ。

「した した した。」
二上に埋葬された大津の墓の中を滴る音。
「した した した」と微かに響くコンケーブを抱いた二上山を今日間近に見てきたが、山全体が「ばあーっ」と膨張するように迫ってきた。いっせいに芽吹きが始まった山は、まるで泡のようにふつふつと沸いてくるようで、もはや地下の滴りの音は耳には届かない。

車内は温室

堂屋根の黒光りして山笑ふ

今外へ出ると、目に見える山はすべて木々が芽吹いて春の山そのものである。

とくに、平群の里から眺める東西両側の山は大半が落葉樹だけにその感が強い。やや小高いところにある、寺のだと思われる広くて黒い屋根が膨張色となった新芽の色に囲まれると、さらにその存在を強調するかのようだ。

車を走らせていると、花粉などで窓を開けられないので、もうエアコンなしにはいられないくらい車内は温室と化している。

夏日

山峡の畑やわらみ山笑ふ

今日の奈良盆地は気温25度で夏日。もう初夏と言っていい日差しだった。

昨秋、雑木紅葉が見事だった山が一気に眠りから覚めて萌えの時節を迎えている。
山あいの聚落も見違えるほど明るくなり、畑では多くの人が農作業にいそしんでいた。