毎年のクラス会

山茶花や恩師不在のクラス会

中学のクラス会に数年ぶりに出席した。

いつもなら十月に行われるのだが今年は山茶花の咲く頃となった。
恩師は御年九十四歳、健在ながらご主人の看護のため今年は欠席された。
先生は決して愚痴をこぼさぬ人だったが、担任のときにさんざん迷惑をおかけするクラスだったので、校長や教頭先生にいつも小言を言われていたんだろうなと言う話で盛り上がる。
すでに鬼籍に入ったもの二名に聞こえるように当時の思い出を語るもの、奥さんを数年前に亡くし本人も原因不明の病気で精密検査を受けるというもの、膝や腰が悪くて座椅子にすわるもの、大病からカムバックしたもの、普段は孫のお守りで忙しく参加できなかったもの、法事で欠席すると言うメッセージを送ってくれたもの、などいろいろな人生、暮らしぶりの披露。
毎年顔ぶれは同じようなメンバーだが、たまに珍しい人が参加してアクセントになったり。

冬の日は短く瞬く間に三時間がすぎて、来年を約しての散会となった。

登山口

信貴参道山茶花やうやう盛りなり

信貴山下駅前の山茶花

隣駅の近鉄信貴山下駅はその名前の通り信貴山へのバスが出ており、奈良県側からの入山起点である。

駅前には立派な町立図書館があり、駅のすぐ裏は町役場など主要な公的機関があって文字通り我が町の中心でもある。その駅前ロータリー広場の山茶花の植え込みが今盛りを迎えている。山茶花というのは東京などでは通常11月から12月にかけて最盛期を迎えるのだが、当地の山茶花は相当遅いようである。
そう言えば我が家の山茶花の鉢もようやく蕾が膨らんできたところだ。寒気にやられるせいか葉の色も褐色がかってややくすんでしまうことが多い。どこの家でも常緑樹は総じてくすんでしまっていて、結果陽気がいいシーズンになっても色つやがもう一つのような気がする。

散り際のよさ

雨打たる山茶花ぱらりぱらりかな

山茶花は椿のようにまるごと落ちはしない。
花弁の一枚一枚がぱらぱらと崩れるように散る。

今朝起きると大輪の山茶花が夜来の雨に打たれてかなりの花弁を落としていた。
残ったのを少し揺すぶってみると、また一枚散った。

斑鳩の里

高咲きの山茶花白し里の塔

日本最古(706年築)の三重塔だそうである。
斑鳩の里法起寺。
縁起によれば、聖徳太子が長子山背大兄王に宮殿(岡本宮)を寺とするよう言い遺したことによる。
時代によって衰退浮き沈みした寺だが今日まで塔は残った。
同寺には飛鳥時代の銅造菩薩立像、平安時代の木造十一面観音菩薩像を蔵置している。銅造のものは奈良国立博物館に出張されており先日もお目にかかれた。体の線や衣紋の流れなど素朴な佇まいが好ましかった。


今日は朝からピーカン。おまけに風もおだやか。
まずは愛車で斑鳩の里ポタリングに出かけた。
中宮寺は自転車置き場が不便でパス、別の機会に法隆寺とともにゆっくり見ることにした。

法輪寺では愛車も一緒に三重塔を遠景に。ここはいかにも里の寺という風情で四方でスケッチする人が多く見られた。快晴で風もなくまさにスケッチ日和。

法起寺傍の溜め池には鴨たち(キンクロハジロか?)が40~50羽渡ってきていた。

法起寺を出た後、西の京、平城京への自転車道案内を見つけたので標識にしたがって西の京まで足ならぬ輪を延ばすことにした。途中郡山城を経由しての大和盆地西端往復36キロ走行は初冬を満喫するには十分であった。

植栽の楽しみ

何植えよかはずせないのは山茶花よ

植栽プランに悩むのもまた楽しからずや。
外構工事が真っ最中、庭は旧宅よりは幾分広いうえに日当たりもいいのであれこれ思案中である。
シンボルツリーは何がいいか、春先や今頃の花が少ない時期に花木が欲しいね、目隠し用の木をどうしようか、落葉樹と常緑樹のバランスもあるし、果樹も欲しいな、菜園コーナーもほしいよ、あれやこれや家族が賑やかに話し合うのも久しぶりだ。