山辺の道

陵のうら荒ぶ濠の花茨

桜も開花したというから、三角縁獣面銅鏡が大量に発掘された黒塚古墳へ出かけてみることにした。

山辺の道

古墳は古墳展示館もあるなどよく整備されていて、古墳に隣り合うように児童公園があり、まさに桜は二分咲き状態。
古墳に登ると眺めもなかなかよくて、大和三山もよく見える。

これは銅鏡が発見された後円墳部分から見下ろした前方墳部分。
しばらく桜を楽しんだ後、ちょっと山辺の道を歩きたくなる。幸い、すぐそばに崇神天皇陵、景行天皇陵があるので一周してみることにした。
まず、崇神天皇陵、通称行燈山古墳だが、青垣の山から下りてきた尾根筋に作られていて下から見上げるスケールが半端ではない。江戸時代に灌漑設備として大整備したということだが、一番下の堤防の高さが10メートルくらいありちょっとしたダムのようである。最上部はさらに堤が設けられていてここも立派な濠。二段構えの濠はいずれも水量が多く、絶えず青垣の山に湧く水を引いているので水質もいい。
そこから歩くこと1.4キロ、景行天皇陵に到着だが、長さも大きく変わらないほど立派なのに浅い濠の水が黒く澱むなどうって変わって整備状態が悪い。陵のすぐそばまで私有地となっていてここも管理状態が悪いので、なんだか気の毒になってくるほどだ。
実質初代の天皇に比べれば景行さんは影が薄いこともあるが、なにしろあの日本武尊の父であるのでもう少しきれいにしてやればいいのにと思ってしまった。
写真を撮ったり、吟行を兼ねたりしているとあっという間に時間が過ぎていき、元来た道を逆にたどる予定だったが下の国道を一直線に戻る道を選んだ。あと数日してもう一度来たら桜明かりで素晴らしい山辺の道歩きになるであろう。

急に開けたが

砂防ダム埋もれて永し花茨さぼうだむうもれてひさしはなうばら

急斜面の道が突然開け大きな広場が姿を現した。

過疎が進んで行政も手をかけられなくなったのだろうか、かつて土砂災害防止のために設けられた砂防ダムが今ではほとんど土砂に埋まってしまっている。大きな木が生え、草花も生い茂り、ときまさに野ばらの花の盛りであった。

土砂に潜っていた細い水が堰のところで再び顔を出してちょろちょろと流れているのだった。