橘の実の乏しきに秋の蝶
今年は柚子がさっぱりである。
ただ一個、ぽつんとぶらさがっていおるだけである。
そこへ白い蝶がやってきてひとしきり取りつくように舞い飛ぶ。
しかし、何も得るものがないと悟ったか、弱々しくどこかへ去って行った。
どことなく物悲しい光景を見てしまったなあと空虚な気分に侵されるのだった。
めざせ5000句。1年365句として15年。。。
橘の実の乏しきに秋の蝶
今年は柚子がさっぱりである。
ただ一個、ぽつんとぶらさがっていおるだけである。
そこへ白い蝶がやってきてひとしきり取りつくように舞い飛ぶ。
しかし、何も得るものがないと悟ったか、弱々しくどこかへ去って行った。
どことなく物悲しい光景を見てしまったなあと空虚な気分に侵されるのだった。
秋の蝶は春と違いなんだか弱々しい感じがして哀れを誘います。
我が家では蝶の気に入るものがないのか滅多に見かけません。
そういえば田舎の友人が藤袴を畑に植えていて蝶を呼ぶためだと言ってました。
まさに仰るように季語「秋の蝶」はそういう風情を織り込んでおります。それが約束ですから、単に秋に見た蝶というのでは鑑賞不足になります。「冬の蝶」というと尾羽打ち枯らし息も絶え絶えというところでしょうか。
藤袴には旅の蝶「アサギマダラ」がやって来ます。ちょうど10月ごろでしょうか。ツマグロ豹紋も。
盆地にもやってきますよ。