帰宅ルートの楽しみ

空重くして信貴山の滴れる

外出から戻るときに眺める信貴の双嶺が好きだ。

たいして高くない山だが、太子が信仰の山として崇めたと聞けばその分、弾正の山城跡とみればその分、貴く見えてきてならない。
自宅はその麓にあり頂上あるいは全容を見ることはできないので、帰宅のルートは東からであれ、南風からであれ、否応なく目に入ってくるのだがなかなか悪くはない。
今日は午後から時折の雨で空は低く垂れ込めているが、雨に洗われた山容は緑をいよいよ濃くして瑞々しい。

“帰宅ルートの楽しみ” への2件の返信

  1. 麓に住んでいるとその全容は見えないですよね。
    私の故郷でも矢頭山は自宅からはみえません、少し離れてみないとその頂上は見られません。
    今は緑が潤い田んぼの苗も田植えの頃からだいぶ成長し緑濃くしていました。

    1. 見慣れた景色には心落ち着かせる作用があるようです。
      土地に慣れればその景色もまた自分のものになりそうです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください