ふた月目

降りかけた雨に手かざし春を待つ

冬の雨だけど冷たくはない。

手に触れた雨はもう春の感触。
一月もあっという間に過ぎていったが、おなじく冬もいよいよ去ろうとしている。
私には短い一月だったが、いまだに避難所暮らしの被災地のかたがたにとってはとんでもなく長く感じられたのではないだろうか。
二た月目に入って心身ともに新たな疲れにめげませんよう祈るばかりです。

春近し

補助輪はもういらないよ春よ来い

最近は補助輪を使わないほうが早いといわれる。

あらかじめペダルを外してしまって、両足で地面を蹴りながらバランスよく前へ進むことから始めるそうだ。
まずはバランスをうまくとることからスタートさせるというわけだ。これに慣れたら再びペダルを取り付け、そしてハンドル、ブレーキと徐々に慣れさせてゆく。
今日は土曜日とあって公園には家族連れが多く、そのなかにヘルメットがよく似合う、真新しいペダル無し自転車にまたがった女の子が両親を従えてすたすた進んでいるのをたまたま見つけた。あの様子ではつぎのステップに進めそうである。
そうなると、この春は自立して乗れる日も近いのではないか。
這えば立て、立てば歩めやじゃないが、親御さんも日々の成長が楽しみでしょうがないであろう。

今日は気温が上がって三月の陽気だという。そう言えば明日は節分。明後日はもう立春である。
「春隣」「待春」などの季題詠むひまもなく春になってしまいそうである。

生きるものたち

けふ遇ひしものを日記に春を待つ

三月の気温だそうである。

ちょっと歩くだけで軽く汗ばんでくる。
風もほとんどなく、急に春がやってきたようなうれしいプレゼントである。
今日出会ったのは、エナガ、メジロ、シジュウカラ、ヒガラ、笹子、ベニマシコ、青バト、コゲラ、マガモ、コガモ、オカヨシガモ、オオバン、カルガモ、ヒヨドリとカラス数多、地域猫の黒と鯖トラミックスの二匹。
他にも声は聞こえるけれど名が不明の鳥もいくつか。
生きとし生けるものの声を聴き、姿を眺める。無心になれる時間である。