急磴を果たし沖なる夏の潮
中上健次の小説の舞台の神社である。
新宮市神倉神社。ここのご神体は急な石段を538段登ったところにある大きな岩である。縄文・弥生時代から信仰の対象とされてきたという原始磐座への典型であるが、ここのすごいのは小説にも出てくる松明をもって石段を駆け下りる火まつりの、あの急でしかも乱積みに等しい足場の悪い石段である。
登ってみれば新宮の市街や沖の黒潮が流れる熊野灘が一望できる素晴らしいところなのだが、その登攀中ではとてもそんな景色を楽しんでいる余裕はない。まるで石段にしがみつくようにしてようやく到達できるわけだが、今の時期汗を人一倍かいた後眺める沖の黒々とした潮には遙かな思いをめぐらすこともできるのである。