ぬたうって客近づけぬ牡鹿かな
東大寺南門のすぐ前に鹿の沼田場がある。
気づく人は少ないと思うが、三笠山からの細流(吉城川)が門前数十メートルのところに流れており、小さな橋がかけられているのがそれだ。その下をのぞくと、とくに護岸もしてない岸に所謂沼田場がある。
見ていると、定員は一匹ほどで、立派な角を生やした牡鹿がごろんごろんと「沼田うち」をしているのが終わるのをじっと待っている別の牡鹿がいる。あきらかに序列がついているようで、若い者が近づこうものならたちまち追っ払われている。
こうして、全身にたっぷり泥をしたたらせた牡鹿が悠然と参道に上がってくると、煎餅を給餌したり、自撮りを楽しんでいた観光客がいっせいに引いて牡鹿の通り道ができる。
沼田場を独占してつけた泥は鹿にとっての勲章でもあるのだ。