会釈もなくて

凩やお喋り好きが通り過ぐ

真正面からくる風をものともせず話に夢中な二人が近づいてくる。

近づいてきてはそのまま通り過ぎていった。
ただそれだけのことだが、二人とも帽子が飛ばされないように手で押さえながら向かってくるのが可笑しい。
挨拶も会釈もあったもんじゃない。

“会釈もなくて” への2件の返信

  1. 寒い朝でした。おしゃべりする気も起らない冷え込み。

    お稽古はさぼれない、何故なら今日は月一度の作品の提出日。
    毎月、今月こそは納得のいく作品をと思いつつ完成しないままに一年が過ぎゆこうとしている。

    1. 「道」には終わりというものがありませんね。「終わり」と思ったらもう成長は止まる。
      かの北斎にして「73歳にして禽獣虫魚の骨格、草木の出生を悟り、86歳にしてますます進み、90歳にして奥意を極め、101歳にして神妙ならん。110歳にして、一点一格が生きるがごとくならん」と謳ったが、志半ばで生を全うせざるをえませんでした。

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