上棟や槌音響く秋の空
目にはさやかに見えねども、探せば秋はある。
古来から季節というのは自分の五感を駆使して感じるものらしい。
昨日、今日と朝早くから乾いた槌音が響いている。どこからの音かと周りを見渡したら、数区画はなれた土地でどうやら今日は上棟らしい。一気に屋根の部分まで組み上がってしまった。
ひと頃の暑さに比べれば幾分和らいで、今日の風などは秋のものである。棟梁たちにとってもようやく作業しやすい季節になってほっとしていることだろう。
めざせ5000句。1年365句として15年。。。
上棟や槌音響く秋の空
目にはさやかに見えねども、探せば秋はある。
古来から季節というのは自分の五感を駆使して感じるものらしい。
昨日、今日と朝早くから乾いた槌音が響いている。どこからの音かと周りを見渡したら、数区画はなれた土地でどうやら今日は上棟らしい。一気に屋根の部分まで組み上がってしまった。
ひと頃の暑さに比べれば幾分和らいで、今日の風などは秋のものである。棟梁たちにとってもようやく作業しやすい季節になってほっとしていることだろう。
秋はすぐに見つかりました。
日差しです。室内に少し入ってくるようになりました。
冬にはありがたい暖かさですが、猛烈な残暑が続く今の関東では、この正確さが恨めしくなります。ほんとうに人間は勝手なものです。
涼やかな小さい秋を見つけたいです。
同感です。明らかに太陽が低くなってきたので朝夕部屋によく入ってきます。簾とか葦簀というのは実際には立秋の頃からのほうが重宝するのではないかとさえ思うようになりました。「西日」という言葉が一番相応しい時期かもしれません。ただ、これも「簾」も「よしず」も「夏」の季語なんですね。三茶師のいう実感覚とずれるところが俳句をむずかしくしているわけですが、この時期が一番乖離していてしかもその期間が長くなって来た、そんな気がします。
「季節というのは自分の五感を駆使して感じるもの」、、、う~ん、いい言葉ですね。その通りだと思います。よっぽど暑いとか寒いとかはともかく微妙な季節の移ろいなどボンヤリしていては見つけようがない。
でもそれは日本の四季があってのこと。「日本の四季」これって世界遺産登録できないもんですかね。。
四季がなくなれば日本人の感覚も随分と違ったものになってしまいそうです。文化が根こそぎ浚われてしまった日本って想像もつかないです。貴重な日本文化、世界遺産登録の価値は十分あると言えます。