秋の仏壇

銅の閼伽にこぼるる供華の萩

庭の萩が今年は見事なものだから、どうかとは思ったが仏壇に供えてみた。

今朝扉を開けるとやはりいくつかの花弁がこぼれていて、お水にもこぼれそれがうまい具合に水に浮いているのだった。
白い花弁と閼伽の器とを対比させたらおもしろかろうと詠んでみた。

“秋の仏壇” への4件の返信

  1. 菊は年中あるので秋の花という感じがなくなってきましたね。そのうち俳句の中だけ秋の花になりそうです。
    萩はいいですね。まさに秋の花です。
    あちらにいらっしゃるお母様も喜んでいらっしゃいますよ、きっと。

    1. それにしても庭の萩の周りは花びらがいっぱい散っています。やっぱり、「零る」かもね。
      仏花には相応しくはないかもしれないけど、母も怒ってはいないでしょう。

      今晩のNHKスペシャル「臨死体験」見ましたが、人間生まれもって最後の瞬間は辺縁系という脳の部分が活性化して、神経細胞にカツを入れていい夢をみせてくれるみたいですよ。母は2年前に痛みに苦しんだあげく亡くなりましたが、それでも最後は幸せな夢を見れたんだと思うと救われます。

  2. 萩は花の期間も長いし咲き方残り方散り方も多様なので句材としては色々に詠めるのでしょうね。何と言ってもあまり目立たないところが日本人好みなんでしょうね。

    1. ちょっと見には嫋やかだけど、芯は強い。そんなところも魅力になってます。ただ俳句にはその強い部分を詠んだものは少ないと思います。歌ではどうなんでしょうか。

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