地味がいい

登坂路に息整へて冬椿

詫助なんだろうか。

足下ばかりに気がいって今まで気づかなかったが、いきなり眼前におびただしく椿が落ちている。潔いくらいの白である。花片は小さく、あまり開かない。そのかわりに、全体の大きさのわりに蘂がやたら大きい。
あまり人が通らないらしく、踏まれずに、汚れずにいるのがいくつもある。
見上げると、木の高さは3メートルくらい。大きな木に囲まれているので、せいいっぱい背伸びをしたのだろう。
人の踏む道にかぶさるように枝が伸びていて、ちょうどトンネルのようである。
しばらく行くと、また同じような椿に出会った。
地味な椿って意外にいいものだなと思い直した。

巨木の陰

寒林の疎林なれどもみな大樹

上へ上へ競ったのであろう。

どれもみな背が高い。高いものどうしが生き残って見上げるような森を形成した。
背の高いものが生き残れば陰になる幼木は育たない。こうして疎林となったのであろう。
高い木に止まるのは、鳩、カラスくらいである。小鳥は集まらないのでつまらない。
今日目撃したのは、ツグミ、ヤマガラ、メジロ、コゲラ、四十雀、ベニマシコ、ジョウビタキ、シロハラ、水鳥各種など。

徘徊

千尺の糸に和凧の機嫌よし

さえぎるものは何もない。

墳丘の天辺からは盆地を囲む山が一望できる。それだけ広い丘である。
その丘から凧をあげているひとがやっぱり今日もいた。
先日も見かけた自製凧のベテランである。
先日は無風に近かったので洋凧だったが、今日は軽く風があるので、和凧のようだ。それも西風にのって300メートルほど糸がでている。遠目にも尻尾が異常に長い。その効果かどうか凧は非常に安定している。糸を出せば出すほどするすると昇ってゆく。
そのまま凧名人としばし歓談。
そのうち急に風が冷たくなったなとたしかめたら、風が逆の東風に変わったようだ。時間もそろそろ夕方にかかる頃、頃合いとみて名人は凧の糸を巻き始めた。
おろした凧を見せてもらったら、シンプルながら実に考えられている。部材のどれもが徹底的に軽量化を図っているのが一点。たとえば竹材も徹底的にうすく削られているし、部品点数も極小である。まず外枠というものがないのに注目。
糸と凧本体を結ぶ糸は二点支持。普通なら三本である。これも凧の挙動を少なくする仕組み、というか気ままな風を軽く左右にいなす機能もあるようである。
いろいろお話を聞いているうちに、同世代とおぼしきひともやってきて、ひとしきり昔の遊びの話に花が咲く。
こんな自然いっぱいの公園に、スマホ片手に徘徊している若い人の多いこと。昔人間には異様としかいいようのない光景であった。

双葉より芳し

梅の芽のゆるむ兆しのかほりかな
晴るる日のくる日来る日の梅探る

散歩に出れば必ず梅園に立ち寄る。

蕾はまだ固そうだが、気のせいか香り立ってきているように感じて思わず振り返った。
冬と言うにはずいぶんあたたかくて、風もなかったので、かすかな匂ひが吹き消されずにあたりに漂っているのかもしれない。
「栴檀は双葉より芳し」とはいうが、梅というのも蕾というよりも、芽のうちから匂い立つということを今さらながら知ることができて新鮮な驚きである。

スペースにかぎりが

株分けて育て上手の室の花

何かと気に入った花があれば株分けしてひとに贈りたくなる癖がある。

君子蘭がその代表で、もういくつ鉢を増やしたことだろう。
当地にきてからは進呈するひともいないので控えているが、落ちた梅や飛んできた楓などの種が芽吹けば小さなポットに移植してみたり。
あと20年くらいは元気に長生きできると分かっておれば、盆栽仕立てにでもという気になるのであるが、せっかく芽吹いたもの命をつぶすこともためらわれて。
同じ種類のものばかりふえて、いたずらに部屋のスペースをせばめているだけなのだが。

人間失格

家事の間縫ひ自分の畑を冬耕す

野良着というのではなく、普段着である。

小さな畑に鍬をふるっている。
一家が食べるだけほどの小さな畑である。
いかにも家事の合間を縫ってちょっとした畑仕事をこなしているという風情である。
そのシルエットをしばらく見るともなく眺めたいたら、ふとこんな句が浮かんできた。
もちろん、雨の今日ではなく数日前の光景だ。
人間らしく生きるためには、どんな小さな畑も、つねに耕しておかねばならない。
カルチャーとはcultivateからきている。culturedというのは心が練れたひと、教養あるひとのこと。
義父は書をやるひとだったが、仏間に「耕心田」と自書の大きな額をかかげていたのを思い出す。
人間だけが「耕す」ことを知っているのだ。
耕しを忘れたら人間失格であろう。

生きるものたち

けふ遇ひしものを日記に春を待つ

三月の気温だそうである。

ちょっと歩くだけで軽く汗ばんでくる。
風もほとんどなく、急に春がやってきたようなうれしいプレゼントである。
今日出会ったのは、エナガ、メジロ、シジュウカラ、ヒガラ、笹子、ベニマシコ、青バト、コゲラ、マガモ、コガモ、オカヨシガモ、オオバン、カルガモ、ヒヨドリとカラス数多、地域猫の黒と鯖トラミックスの二匹。
他にも声は聞こえるけれど名が不明の鳥もいくつか。
生きとし生けるものの声を聴き、姿を眺める。無心になれる時間である。