注意報出ていて雪崩の眼前に
二次災害恐れ雪崩にヘリ飛ばず
ゲレンデのコース刳りて雪崩落つ
表層雪崩ということらしい。
いったん緩んだ雪が戻り寒波で凍り、そこへ新雪が積もったのが滑ったのではないかと。
春の雪崩のパターンに多いという。
しかし、それがゲレンデのすぐ上に発生するとは、山のベテランでさえ見抜けなかったようだ。
秋田のマタギの言い伝えでは、「寒30日の間は絶対に豆を煎ってはならない」という言い伝えがあったそうである。豆のはじける響きで雪が裂け、雪崩が起きかねかいという戒めからである。それほど、雪崩は恐れられてきたと言うことであり、そのために昔から人が山に入るときは、必ず山の神に手を合わせていたのだ。
「自然を畏れる」ことを忘れかけている現代人への強烈なしっぺ返しであろう。
犠牲となった若者たちにはまことに気の毒というほかない。
雪は天から送られた手紙である・・・
ひとたび気象条件が変われば白い悪魔に変身する。
豪雪地帯では雪崩ほどではなくても雪下ろしの下敷きになる人もいるらしい。
単独で雪下ろしをしないようにと言う注意も納得できる。
命綱をつけろと言われて一体何人の人がそうしているでしょうか。単独はいけないと言われて、過疎地、お年寄りの一人住まいなど待ったなしの作業に、一体誰が支援できるでしょうか。
都市化、過疎化、高齢化、少子化という、過去未体験の社会が現実になりつつある今、鳥肌がたつほど怖くなってきます。
成長が止まって限られたパイを奪い合う社会、世界の軋みが地球規模で起きています。これまで世界を律してきた論理が根本から問い直されていると思います。
テレビのコメンテーターがしたり顔して済ませる時代ではもうありません。一人一人の生き方の問題です。
この季節に、あんななだらかな山塊で、若者が8人も
命を失うなんて、怒りを感じます。
雪の怖さは 知っていたのか?
経験しないと分からないと思います。
30代の時、春先に友人3人と白馬から小蓮華経由蓮華温泉の
コースを歩いた時、真夜中、ドカ雪にテントが潰れ、
泳ぐように雪からの抜け出し、転がるように逃げ降りた
事があります。
雪に被られると 息が出来なくなるのです。
今回、雪崩の時の対応を 事前に教えていたのでしょうか。
雪に被られたら とにかく息が出来るようにすること。
舌を出して口の周りだけでも雪を溶かし、隙間を作ることで
助かります。
安全を保つことも大切ですが 危機の時にどうすればよいかを
叩き込む教育が疎かにされている気がします。
地震の時もそうですが、懐に空間をとって呼吸するスペースが大事だとも聞いてました。
今回も、危機の可能性を全く考慮していなかったとすれば、それは自然へのおごりというものでしょう。
想定外という言い訳は、今回もまた許されません。