耳を疑う

行き交ふる人とうなづく初音かな

囀りも初音も。

風ひとつない穏やかな日。気温もぐんと上がって桜が開いてもおかしくないような日和である。
とくに鶯はこれが初音かと耳をうたがう熟練の域に驚かされる。
別な場所でも二回目の鶯を聞いたが、こちらは幼くていかにも初音という風情。
初音の林では種類は不明だが明らかに鳥の囀りも聞こえてきて、人の皮膚感覚ではまだ冬のようなものだが自然界はすでに春が満ちてきている。

季節先取りする必要はないにしても、自然界に敏感に反応して季節との交わりが楽しめるたら毎日が潤うことだろう。そのためにはせっせと外を歩いて自然と直にふれあうしかないのだ。

“耳を疑う” への2件の返信

  1. 鶯が上手に鳴きましたか、初音は嬉しいものですね。
    毎日自然と触れ合っている恩恵は大きいですね。

    ついつい車の便利さに慣らされて季節に疎くなっています。
    散歩で気づかされることも車のスピードに流されて通り過ぎてしまいます。
    習慣を変えるのは結構決断を要します。
    さあ何時やる?今でしょう!!

    1. 自然と同化すること。自然が呼んでいる。
      自然の中で遠くを見ていると視力が保てるような気がするんです。パソコンでしょぼしょぼになった目も帰ってきたらしゃんとしているような。

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