歳時記の立項うすき二月尽
なかなか季題に巡り会うのは難しい月だった。
外出が減っているから当然だが、そもそも二月は一年で最も季題が少ないときなのである。
今月の句を振り返っても満足できるものはなくて、それでもいろいろ苦労しながらどうにか今月の締め切りに間に合わせることができて安堵している。
とくに今年から結社の同人のなかでも限られた者だけ投句できるコーナーが加わったので、やりくりが大変だったのである。これは三か月に一回で済むのでなんとか投函を終えて虚脱状態といってもいいかもしれない。そういう意味では二月尽という季題には特別な思いがこもっているかもしれない。
来月は句会再開となるようで、明日からは気分を入れ替えてかからねばならない。
私も二月は春に向けて結社の作品展と毎月の作品の締め切りに追われましたが提出を終えてほっと一息です。
二月は日にちが少ないのでなんだか損か得なのかがよくわからないです。
なんだかんだありながら60の手習いで初めた書も15年を超えましたが一向に満足な作品ができません。
時々止めようかとも思ったりしますが手が動く限りそしてボケない限り継続できればと思っています。
よべの雨に家々ぬれて二月尽 百閒句(今月の作品から)
この何月尽というのはやっぱり二月が一番しっくりします。
一つには仰るように日数が最も少ない月であること、それから世の中の動き、経済、農業などもっとも停滞する時期と重なるからです。
百間先生の句にもあるように、世の中が枯れきって動きのない季節にただ家々が濡れそぼつているだけの空虚な心象風景がひろがって、とても侘びしい心理が紡ぎ出されるわけです。
だから勢いのある月、例えば四月などは到底似合わない月になりますね。
15年も続けてこられたとなればかなりの領域に達しておられると推察します。ますますの高みを。