緑の宝石

万緑やフォッサマグナの途方なく

糸魚川や信州アルプス方面などを旅行して、今立っているのはフォッサマグナ(大きな溝の意)の上だと聞いてもぴんとこない。

とてつもない規模の溝が本州の中央を横切っているのだというが、溝らしきものは全く見られないからだ。
というのも、溝の上を埋め尽くして余りある、北から、新潟焼山、妙高山、黒姫山、飯綱山、八ヶ岳、富士山、箱根、天城山という高い火山が列をなしているからである。それらは大きな溝が落ちこんだあとにマグマが上昇してできたものだという。
九州中部から四国の背骨を貫き、紀ノ川から吉野、伊勢、そして静岡に至る中央構造線が、3D地図などでもくっきり溝模様が分かるのとは対照的である。

フォッサマグナの北の端に縄文の時代から翡翠が採れ、加工技術も発達して各地に流通したことはよく知られている。そのことも現地のフォッサマグナミュージアムに行けば詳しく知ることができるが、継体天皇が立って以降どうやら翡翠の需要は急激に衰退したようである。大陸や半島から最新の文物や人・技術、なかでも金属加工技術が流れ込んだのが理由だとされ、金の冠、腕輪などが権力の象徴となるいっぽうで、それまでのシャーマニズムの象徴でもある勾玉の魔力が失せたと云うことかもしれない。

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