青い目も芝生の席や薪能
今日、明日と南都春日・興福寺で薪御能(たきぎおのう)が行われている。
薪御能とは興福寺の宗教行事が猿楽に結びつき、室町時代に世阿弥により能として芸術域にまで高められた歴史をもつ野外能である。
いわば元祖薪能なのだそうだ。
今年は金堂再建中なので登大路に面した奈良公園内で行われている。
席はなかなかとれないそうで、ニュースでみるばかりであるが。
興福寺の薪御能についてのホームページです。
能の四流観世、宝生、金春、金剛のルーツも奈良県だそうである。
そういえば、平野を走っているとき、ここは観世流発祥の地と書かれた看板があって、能というのは京都由来のものだとばかり思っていたので驚いたことがあった。
薪御能のH・P拝見しました。
紆余曲折を経て今日があるのですね。
篝火を焚く野外での能は普通の舞台とは違って幽玄そのものでしょうね。
さすが、奈良。伝統行事に触れる機会は数多ですね。
近くに能楽堂がありながら一度も足を運んだことがありません。
過日ASCの入学式で能楽笛方、藤田六郎兵衛氏(藤田流十一世宗家)の講演を聴いて是非、「能」なるものを観てみたいと。
グループで来年お正月の「翁」を鑑賞する約束をしたところです。
篝火の役割が東大寺修二会のお松明に相当するものだというのは興味深いものがあります。単に夜の能の添え物程度にしか思ってなかったので。まことに伝統芸能というのは奥が深いです。
熱心に生涯学習に取り組んでらっしゃいますね。ぜひいろんなものにチャレンジしてください。
興福寺、薪御能のことありがとうございます。勉強になりました。
歌謡・舞踊など芸事が段々発展して政治・宗教の手立てともなり、大衆芸能ともなっていく一つの過程ですかね。後白河の梁塵秘抄もそれでしょうか。
能、謡曲は全くチンプンカンプンです。一度地元の文化行事で薪能見たっきりです。
ところで「奥の細道」は能・謡曲ゆかりの地を訪ねるのも目的の一つですが、「奥の細道」の文章そのものが謡曲風だとのこと。勉強したいとは思ってるんですが中々届きません。
さて、その「奥の細道」5月19日(旧暦4月1日)は日光で、3句あります。
「あらたうと青葉若葉の日の光」
「剃捨てて黒髪山に衣更」 (曽良)
「暫時は瀧に籠るや夏の初」
4月、夏になって眩しい日の光。本日は誠に爽やかで日光の句がぴったりだと実感できますね。。
もう日光到着なんですね。
「青葉」「若葉」、この贅沢な季語2枚あわせの技、たまりませんね。
もう日光、46才、すごい健脚ですね。2400KMを150日ですから、単純平均で1日16KM(勿論馬で行ったり舟に乗ったりはしてるけど、逆に長期に逗留してるところもあるので)。想像がつきませんね。
ボクの教科書(おくのほそ道・全訳注 講談社学術文庫)によると、青葉は常緑樹の深緑を表す雑季で若葉が夏の季語だとのこと。
昨日のラジオによると季語の意味合いも芭蕉が深めたとのことでした。。
話は変わりますが、流山や野田のほうでは大規模断水だとか。病院とかは大変です。お住まいの所は大丈夫ですか>キヨノリさん
ありがとうございます。ホント何が起こるか分からんですね。正にニュースにあった北千葉浄水場はウチの隣です。でも幸い断水にはならずチョロチョロでおさまりました。今日は回復したようです。でも、水の備えは大事ですね。飲料水のペットボトルは買い備えておくこと。トイレ用も兼ねて風呂の水は落とさないこと等々でしょうか。。
16日が深川で19日が日光、すごい健脚ですね。
でも46歳と言えば今なら働き盛りですものね。
芭蕉、昨夜も途中で居眠りに入って聴き逃し。
再放送も孫の到来でこれまた~・・・
平家も同じく。明日は早起きで再放送に挑戦。
その代わり孫のおかげでちょっといいことがありました。
近所のお宅で燕の巣を見つけた孫が呼びにきてくれたのです。
赤い小さな口をあけて親ツバメから餌をもらっていました。
私・・・ホントだ臙脂色してる!! 孫・・・ばあちゃん知らなんだの?
子どもって観察力が鋭いといつも感心させられます。
そう言えば思い出しました。
のど赤き 玄鳥ふたつ 屋梁にゐて
足乳根の母は 死にたまふ なり(茂吉)
黄色い嘴といいますが、ほんとに燕の子も黄色いですね。
NHKラジオの文芸番組いいのがいっぱいありますよね。日曜日の文化講演会も素晴らしいですよ。録音用のラジオで毎週録音しておき時間ある時に聴くのをお勧めします。結構安価で手軽なのが出てますよ。ボクは英語ニュースを毎日取って寝るとき聞いてるんですが、寝付くにも最高です。。