自分の色

塔描く人ら新緑染まりおり

法輪寺を通りかかったら何人かの人たちがスケッチに余念がない。

去年の秋にもこの寺の周りでは写生している人たちが目立った。
どうやら絵描きさんにとって人気のお寺らしい。
いうところの絵になる場所というのは、四季折々に画趣があるのだろう。
今は滴るような新緑の季節。それぞれに自分流の色に染め分けるのだろう。

“自分の色” への6件の返信

  1. 奈良って感動が多いのでしょうね。その感動が筆を取らせるのでしょう。

    日本の四季折々の風景を絵に写し取れればどんなに素敵でしょう。
    絵描きさんに憧れます。
    こればかりはどうしようもない遺伝的なもののように感じます。
    ある程度絵の上手な人に聞くと必ず近い身内に絵を描く人がいるようです。

    描く素養のない私はもっぱら観賞派で、後は心に刻みつけるしかありません。

    1. 「絵心」という言葉がありますね。あれは感じたことをすぐさま形や色で表すことができる能力みたいなもんでしょうか。たしかに血が関係してるかもしれません。身内にはまったくいませんもの(笑)

  2. 新緑の濃き薄きを自分の筆で描き分ける、いいんでしょうね。

    skyblueさんもおっしゃってますが、ボクは自慢じゃないですが、絵は全くダメです。恐らく小学1年生にも劣るでしょう。顔も車もフラットにしか描けません。実は絵だけでなく、立体感覚がない、即ち工作なんかが全くできないのです。ホームセンターでちょっとした本箱なんか買ってきて組み立てるのにいつも四苦八苦。終わったと思ったら上下板が反対だったりして。さすがにこの頃は見かねてカミさんが横について指示指導したりしてます。

    要は物事を立体的に見ることができないんですね。多少は努力をしたのですがどうしようもない。実は数学得意だったし高3の夏まで理科系に行こうと思ってたのですが、幾何が苦手、立体になると手も足もでない。これではとても道具・機械を自在に操るのが命のような工学部は無理だろうと思い文科系に転向したのです。それにしても何でこの分野全く音痴なのかホント親を恨みたくなります。。

    1. いっそのこと音痴を通り越して「前衛」のレベルまで達していればそれはそれで芸術の世界かもしれませんけどね。中途半端にうまくても飯が食えるわけではないし。一般人は趣味程度にしておくのが吉ということでしょうか。
      おかげで気楽に野暮な俳句を詠み、下手な写真が撮れますもん(笑)

      1. お二方様でもそうなんですか?
        誰でも得手不得手ってありますものね。
        ちょっぴり安心です。

        それにしても私目、音痴が多すぎます。
        キヨノリさんじゃないけど、
        絵を描かせたら幼児以下。
        他にも
        カラオケ駄目 (連れ合いから歌うな!!と禁止されてる)
        不器用なのも小学生の孫以下。
        運動音痴。ですからウオーキング専門、道具いらないしお気に入りのシューズさえあればOK。
        理数系も全て無能。

        でも聴くこと、観ること大好き。 素晴らしき哉、人生!!

        1. 健康な脚があるって素晴らしい。何処へ行くにもまず脚が丈夫じゃなきゃ。だから、好きなところへ行って聴いたり見たり、食べたり。

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