桜の井

桜蘂打たせるままの古井かな

花と葉が半分ずつくらいになった。

ビルなど高いところから見下ろすと、だんだんと花が褪せてきて下草の色に同化するようになっているのがよく分かる。
こうしていつの間にか花は葉になり夏となるのだが、その前にもうひと工程ある。落花がまだ終わらぬまま蘂が降り始めるのだ。木の下に停めておいた車など一晩で、桜湯のような色に染まる。雨が降ったときなど、張り付いたようになって蘂をつけたまま走っている車をよく見かける。
これから、山深いところなどへ行けば、思わぬ残花に出会って名残の感を深めることもあろうし、夏となって大方は葉桜となってもまだ咲いていれば余花を楽しむことができる。
北へ行くもよし、まだひと月ほどは楽しめるというわけだ。

桜を煮詰めた色

ワイパーに拭きむらのあり桜蘂

花が終わろうとしている。

馬見丘陵の桜蘂

葉桜となりつつあるものもあるが、葉まだ芽吹かず蘂だけの桜の美しさに心を打たれた。
淡い桜色の花がいくらか残るなか、その散った花の色を煮詰めたように一段と濃くなった蘂の鮮やかさにだ。
この蘂を何とか句にしようともがいたが、「桜蘂」だけでは季語にならず、したがって主役にはなれないのだ。その蘂を主役にするには、「降る」さまを読むことが求められるのである。
花が終わって葉が出初めるまでの、ほんの短い間の蘂の見事さをどう詠んだらいいんだろう。
そんな答えが出ないうちに時間切れである。

せめて、あの鮮やかな濃桜色を胸の中に思い浮かべながら、「桜蘂積もった」句に仕立ててみた。

春の夕景

桜蘂しきりに降りつ川落暉

この時期の夕日の光は柔らかく明るい。

入射角が浅いせいなのか、光が隅々にまで行き渡るような暖かみさえ感じる。
まして水面のきらめきは眩しいほどで、川端にあるものたちのシルエットを際立たせてさらに美しく見せる。
その眩しいきらめきをさらに揺らせるように桜蘂がはらはらと落ちてゆく。

春はたけなわを迎えようとしているのだ。