青年団

盆唄の谺三日を三ヶ村

対岸の二集落、こちらは一集落。

熊野川支流を挟んで北は和歌山県飛び地、南は三重県。
かつては盆ともなると出稼ぎの若い衆が帰省して、それは賑やかな盆踊り大会が開かれた。
歌は即興、これがすべて同じ節で延々と未明までつづく。午前零時前にひと休みを入れたら年寄りや子供たちは引きあげてゆくが、再開とともに歌声とかけ声は静まった集落に響き、それがまた対岸の集落にまで聞こえてくる。
このような催しは青年団が主催するが、のど自慢のお年寄りもこの日ばかりは上機嫌である。
一日一村として三日三カ所の回り持ち。真っ黒な夜道とあってさすがに子供たちは遠征はしない。もっぱら若衆の出番である。
久しぶりに会う顔ぶれどうし盆が終わればまたそれぞれ仕事に帰って行く。束の間の恋の芽生えたこともあったろう。知らんけど。
今は遠い昔話である。

熊野の盆唄

峡渡る盆唄夜の更けてなほ
夜更けて盆唄わたる峡の村
抑揚の小さき盆唄峡の村

川をはさんで手前三重県、向かいは和歌山県飛び地。

吉野熊野国立公園内にある父母の故郷である。
いまでも行われているのだろうか。かつては、熊野川上流の北山川をはさんで三つの集落が、盆の期間それぞれ持ち回りで毎日盆踊りを開催するのだ。レコードでも、炭坑節でもなく、この地方独特の盆唄だけを集落ののど自慢が未明まで唄い、盆休みに帰省してきた子供や孫たちがそれに合わせて輪になって踊るのである。深夜ともなれば青年会中心の踊りとはなるが、旧盆の時分ともなれば、川をはさんだ山峡の夜は昼とうって変わって蒸し暑さもうすれ随分過ごしやすくなるし、若い衆には苦にはならない。
唄の内容は忘れてしまったが、歌詞もリズムもメロディも単調なものであったことは確かだ。未明までずーっと通しで唄い、踊るには、このような抑揚の少ないもののほうが適していたのかも知れない。

今より40年ほど昔の熊野の思い出である。