涼風を待つ

朴の木のゆたかな蔭の秋の風

背が高い木である。

葉っぱも広く、まるで笠のように頭上に覆いかぶさってくる。
毎日こう暑くては、つい大きな影を探しながら歩くことになる。
桐の木も同じような影を作ってくれるが、どういうわけか川鵜とか、鴉が枝や幹を駄目にするほどコロニー化することも多く、ちょっとその下で休む気はしない。
冷たいものを飲みながら涼風を待つ。毎日そんな日が続く。9月も尽きるというのに。

年会報

巻頭に寺さん悼み秋の風
秋風や同志また欠け年会報
消息の知れて身に入む年会報

労組専従時代のOB会報が届いた。

専従はつごう六年にのぼり、いま考えても最も濃い日々の連続であった。
そのなかでも、現場を離れた三年間は機関誌編集にたずさわり、いままで触れたことのない世界の人々に接するにつけ毎日が刺激的で新鮮に思えたものだ。
OB会というのは、永年指導いただいた名物編集長を囲む会であったが、先生が亡くなられてから一時途絶えていたのを、メンバーがほとんど職をひいたこともあって復活したものである。
年に一回開かれる会に出席するには、毎回1400字くらいの小文を提出しなければならず、当日は早めに着いてまずはこの会報をじっくり読み、それがまた総会・懇親会の肴になるのである。
欠席のため再開二号が届いたが、巻頭は永年組合、そして参院議員として活躍された故寺崎昭久氏こと通称「寺さん」を悼む追想文である。去年訃報に接したときも驚いたが、こうして再び寺さんの知らない面をうかがうと寂しさがふつふつとわいてくる。
元いた組織は大きな改革もあってとうに無くなっているので、OB会には新入会員もなく先細るだけだが、みんなの近況を読むとまだしばらくは続きそうにも思える。

谷中歩き

警戒心宿せる猫や秋の風

昨日は同窓生による送別会。
東京に出て40年浅草に一度もない私のために、昼は東京下町歩き、夜は送別会を企画してくれた。
コース最初の谷中はかねてから一度は行ってみたい候補のひとつ。猫の町と聞いていたからさぞやまったりとした気分に浸れるかと思っていたが、あんに反してのっけから猫に警戒されてすぐに逃げられてしまった。
挨拶無しにいきなりカメラを向ければ、だれだって嫌われれてしまうのごく自然なこと。
猫たちだってちゃんと人を見る目を持っているのだった。