飽きない

泥皮の一枚下の葱美人
泥付の葱やうやうとひつさげて

今日から寒くなると聞いてはいたが、昼間は意外に穏やかに過ごしやすかった。

散歩ついでに畑に寄ったがそうなると何かしたくなるもので、家にもまだ在庫があるはずの葱を抜いてみた。いま穫れるものと言えば葉物、それに大根か葱くらいのもの。ふたりきりの暮らしだからたいした量もはけないので余るばかり。ともすると同じメニューばかりの日が続くが、これが意外に苦にならないのは味に癖がないうえに家人の工夫のなせる業かもしれない。
今日も抜きたての葱をぶら下げながら帰途についた。

日常

庭の葱抜きて夕餉の汁たらん

近くに葱などがあればこういうとき便利である。

命ぜられるまま懐中電灯を照らして葱を採りに行く。
昼間摘んできた間引き春菊と合わせれば即席の鍋の具となる。
少々暖かい十一月なので格別鍋が恋しいわけではないが、おあつらえ向きに人参、椎茸、白菜、糸コンの買い置きがある。
いつものように老い二人が向かい合って、たいした話題もないまま鍋をつつく時間が流れてゆく。
終われば誰が言うまでもなく一人が食器の後片付け、洗いに向かえば、もう一人は風呂の湯を張りにゆく。
だいたいは家人が風呂に入っているあいだノートパソコンに向かって今日の一句を考えている。
そして、そのあと風呂から出れば一時間ほどで床に入る。これがいつもの日常である。

ほんまもんの鍋

闇鍋へぶつ切りの葱溢れしめ

冬葱が甘い季節。

ざくっと切れば涎のような粘液、ヌルがあふれてきて、これが冬に増えてきて、免疫細胞を活性化させるという。やはり葱の旬は冬なのだ。
東京に出て、青い部分を捨ててしまう葱をみて驚いたものだ。はじめの頃はどうしても白ネギに馴染めなかったが、いつしか虜になっていたのは冬の甘味のせいだろう。
それから、本当にうまい葱というのは、肉抜きのすき焼きとして食える。肉の代わりに麩を使うだけだ。肥えた土、無農薬、有機栽培に育てられた九条葱をいただいたときはその旨さに声を失うくらいだった。あんなにうまい葱は、店では絶対に手に入らない、名人の葱だ。
今でも毎日畑へ出られているだろうか。