日溜まりは南面が好きいぬふぐり
下萌えが星に輝いている。
おおいぬのふぐりである。
鮮やかな碧に混じってたんぽぽの黄とのコントラストがなお鮮やかである。
ひさしぶりの陽気に小さくて可愛い春の息吹を目の当たりにすると、つい足を停めて手にとってみたくなる。
昨日の初音といい、今日のいぬふぐりといい、心うきうきわくわくの季節である。
めざせ5000句。1年365句として15年。。。
さきがけの踏むをためらふいぬふぐり
下草がまだまばらのうちから顔を出してきた。
青い空に呼応するようなコバルト色のイヌフグリが吹いてきたようである。
芝はむろん枯れたままで、わずかひとつふたつ咲いていただけでも目に飛び込んでくる。盛期には足の置き場もないほど咲き群れるのだが、今は余裕を持って避けて歩ける。
舗装された順路を歩きたくないので芝生部分を選んで歩くようにしているが、草に気兼ねなく大手を振って歩けるのは今のうちだけである。
ひとところ大星団ありいぬふぐり
足の踏み場もない。
星屑とはいぬふぐりの盛りの様子をいうが、この群がる様は均一ではなく、あちこちに固まりをなすものである。
その様子はまるで大星雲ないしは大星団のごとくで、とても一つ一つ数えられるものではない。
今日は子供連れが多く見られた。
インドアを避けて野原でボール遊びをしたり、満開の河津桜を楽しんだり。
根負けをしさう狭庭のいぬふぐり
枯芝の間から、青いものが顔を出している。
いぬふぐりだ。
種を靴につけてきたか、どこからか飛んできたのか。
去年あたりから、ぽつぽつ目立つようになった。
今のうちにと、一本一本抜いてはみたが、根こそぎとはいかないようで、またどこからか顔を出す。
いったん侵入したらなかなかしぶとい奴で、しばらくいたちごっこが続きそうだ。
歳時記にもちゃんと採り上げられている季題であり、よその野原で見る分には「春だ春だ」と喜んでいいが、自宅の庭となると厄介者である。
根負けしないようにせっせと庭に出なくちゃ。
きのふけふ数へるほどのいぬふぐり
四温晴というのだろうか。
ようやく、春のさきがけらしい日に恵まれた。
ここ一週間ほど、鼻がむずむずするため用心にマスクでしっかりガードして散歩へ。
枯れ野に下草が芽生えてはきていたものの、青きを踏むとまでいかなかったが、今日は犬ふぐりがぽつぽつ咲き始めているのに気がついた。春は一歩ずつ前へ進んでいるのはまちがいない。
ただ、さすがに最盛期のように満天の星とはいかないようで、数はひいふうみいようと数えられるくらいのもの。
鳥たちも一部は春の囀りではないかと思える鳴き方をするものもいて、春の先取りをいただいたような日であった。