餅入りの茶粥吹いたる三日かな
さすがに体が重くなったように感じる。
動かないうえに飽食。そりゃあ太るわ。
というわけで父祖伝来の茶粥とあいなる。正月だからというわけではないが、我が家ではこれに餅を放り込むのが慣わしとなっている。おかずはお節の残りもので十分である。
黒豆、里芋もたっぷり食したから総カロリーでは相応のものになるので決して軽いものではないが、何となく罪の意識のようなものから解放されたのは確かである。
めざせ5000句。1年365句として15年。。。
餅入りの茶粥吹いたる三日かな
さすがに体が重くなったように感じる。
動かないうえに飽食。そりゃあ太るわ。
というわけで父祖伝来の茶粥とあいなる。正月だからというわけではないが、我が家ではこれに餅を放り込むのが慣わしとなっている。おかずはお節の残りもので十分である。
黒豆、里芋もたっぷり食したから総カロリーでは相応のものになるので決して軽いものではないが、何となく罪の意識のようなものから解放されたのは確かである。
カロリーオーバーに注意しながら我々の年代はたんぱく質をたっぷりとる必要がある。
お正月だと言って特別な料理を食べるわけではないけど動かない分体が重く感じる。
明日からは日常が戻ってくる。
先ずは体操教室で身体を動かし徐々に日常のリズムを取り戻したい。
そして来週からはお稽古ごとも始まるので自然とお正月気分は抜けそうである。
田作りでカルシウムもたっぷりとりましたよ。肉は子世代に合わせて食べただけで、最近はあまり好きではありませんね。匂いがなんとなく鼻につくようになったというか。トンカツ、ハンバーグ、ビーフコロッケは別にして。魚も好き嫌いが出てきましたよ。小骨が多いとか面倒な魚は避けるようになったこと。好きなものだけ食べていても多分バランスは大丈夫です。
餅入りの茶粥吹いたる三日かな
好い句ですねぇ。こういう渋い詠みを三ケ日にさりげなくされるセンスに脱帽です。茶粥というのは、関東地方は当然ですが、京都でも絶対につくられないし、見られないものでした。姉の旦那(義兄)の実家が和束で、そこで初めて口にしました。なんとも不思議な食べ物という思いが今もってします。
茶粥は木の国の米もろくに穫れない山地の主食です。小さい頃から食べていたので、大人になってからも胃が重いなと思う日はこれを所望するうちに家人も馴れてくれたようです。
大きな釜にたっぷりの湯を沸かし、粗末な巾着状の茶袋に焙じ茶を放り込みます。米はごく少し。しゃぶしゃぶのお粥です。水吞百姓とはまさに言い得ています。昔はそれを補うために藷、すいとん、など腹の足しになるものを放り込みます。餅などそれこそ正月、旧正月しか入れません。火を止めるその前にちょいと塩を効かすのがコツです。
おかずは粗末なものほど似合います。それがいいのです。
ただ紀伊半島には胃がんが多いとされた報があって、それを聞いた途端茶粥が犯人だと思い至りました。
なぜなら、茶粥は火から下ろしてもぐらぐら煮えたぎる奴を一気に掻き込んですするものだからです。喉や食道がひどく詰まるようなひどい目にあった経験が何度かあります。