代々に

落葉焚ガイドもしたる社守

またまた八幡さんのお話。

散歩途中によく寄るが、人に出会うことは滅多にないのに、この日はたまたま落ち葉を掃いて、それを焼却炉で燃やしている人を見かけた。毎日ではないにしても時々来てはこうしているのだと言う。さらに、社が室町時代の建築で国の重文に指定されていること、数年前に檜皮屋根の葺き替えたときも国の補助で何とかやれたことなども問わず語りにいろいろ説明してくれる。
おまけに、大晦日には甘酒などもふるまうので除夜詣にぜひお出でくださいと仰る。もちろん元旦詣もあって、身近なところで昔からの習慣が根付いていることにあらためてその良さを感じる。

番人さんがこれら一連のすべてを手を休めることもなく、ごく当たり前のように淡々とこなしていく無駄のない動きは見事なものだった。

“代々に” への6件の返信

  1. 落葉焚 いつ頃途絶えたやら記憶にないぐらい昔になってしまいました。
    子どもの頃は当たり前だった光景がどんどん遠のいていきます。

    今日、今年最後のカルチャーの授業を終えました。
    通りすがりの花屋さんでお正月用の花を買って帰りました。
    若松 梅 猫柳の三種、後南天は庭から切り竹をどこかで調達しなくては・・・
    いよいよ迫って来ました。
    焦っても仕方がないのでのんびりと構えています。

    1. ご自分でお飾りを作られるんですね。いよいよ年末気分が漂ってきました。
      句会の前に立ち寄った八咫烏神社では、参拝所に当家の人たちの手で作られたという松飾りが建てられていました。

  2. 神社には落葉がつきもの。ボランタリー的にきれいにしてくれている人必ずいますよね。立派だと思います。こちらは何もせずただ御利益をお願いするだけ。それじゃあねぇ。。

    1. 氏神さんと氏子。その関係が象徴してますよね。金も出さなければ労力も奉仕したり提供しない。いわゆる一般人が漂流する時代の象徴ですね。

  3. この時期どこの神社も新年を迎える準備で大忙しでしょうね。
     世の中どんどん移り変わっても日本人の新年を迎える気持ちは変わらないものですね。
     信仰心はあまりなくても、ただ手をあわせる、それだけで心が満たされるのでしょうね。

    1. 行く年のあしきを祓い、来る年の無事平穏を願う。悪かったことはチャラにしてもらって、再スタート。そういう区切りをつけながら日本人が歴史を刻んできたんでしょうね。実にいい慣わしだと思います。

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