荒ぶる神も

和魂の舞ふや龍田に風花す

大和川が大阪に抜ける狭隘な部分を風が吹きぬけてくる。

まるで鞴のようだ。地形で言えばちょうど関ヶ原のようなものかもしれない。
龍田に風の神が祀られたというのも、そういうような地理的な要件が関係しているかもしれない。考えてみれば、外つ国からの到来物も龍田を経由して大和に入ってきたわけであり、邪悪なものが入り込まないようにと言う願いもあったはずだ。
龍田の荒ぶる神がお怒りになると、国には災害が頻発し凶作、疫病も流行るわけで、昔から風鎮めの儀式がおこなわれてきたことは万葉の歌にも詠まれている。
だから、日照り雨ならぬ日照り雪が風に乗って飛んでくるというのは、むしろある意味で龍田の神のご機嫌がいいときで、さながら和魂が舞い降りられるようなものかもしれない。
大和川の河川敷に立って、龍田に向かうと信貴山颪にのって三諸の山からさかんに風花が舞いくだってくるのがよく見える。

堂内底冷え

神将の像にそれぞれ寒灯
円陣の神将ほのと寒燈

新薬師寺のお堂は暗い。

ただでさえ暗いうえ、底冷えのするような寒さが加わり、思わず五体は引き締まる。
本尊の薬師像は僅かな光に浮かび上がっているが、婆娑羅大将に代表されるお守りの十二神将はとくに灯りはなく、それぞれの干支の人による献灯が揺らいでいる。

ひと気が引いて

転げゆく登大路の寒暮かな

「古事記のまつり」が春日野の国際フォーラムで行われた。

これは奈良県がすすめている「記紀・万葉」プロジェクトの一貫で、昨年のまつりの様子は2016年古事記のまつりで見られる。
今年は、これに加えて古事記をテーマとした落語、高千穂神楽などのアトラクションも加わって盛りだくさんの内容である。
朗詠の部は恒例の県知事にはじまり市町村首長が古事記上の巻をつぎつぎと朗詠。子供ミュージカル、小さい児を含めた家族、県内の有名幼稚園園児、古事記朗詠や万葉朗詠のグループ、ほかのさまざま市民団体・個人が原文であるいは現代語訳で、はては英訳文で自慢の声を披露する。熱演がすぎて時間をかなりオーバーするほどの熱の入りようだ。
子供から大人まで幅広く古事記や万葉集にかかわる人たちの多いこと。さすがまほろばの土地だけのことはあるなと感心した。

時間にして3時間半休みなくつづくので、断片的にしか記憶していなかった古事記のエピソードがひとつのストーリーとなって整理することができた。ただ、いつも頭を悩ますのが神さまの名前で、なんべん聞いてもちっとも覚えられない。今日も50あるいはそれ以上の神さまが登場したが、家に帰ってみたらきれいに忘れ去られている。

日脚が伸びたとはいえ、終わって外へ出たときは薄暮を過ぎ、最小の灯りしかない奈良公園は帰路を急ぐ人たちの姿はシルエットくらいしか見えない。わずか残った観光客に群がる鹿もいるが、総じておとなしくしていて動かない影が多い。

冬雀

一羽また一羽ふくら雀かな

ジョー君に替わって今朝はモズ君。

まるでふくら雀のようにぷっくらとしたままフェンスに停まって隣の空き地を伺っている。
餌はなかなか見つからないようで、しばらくは尻尾を上下に震わせながら家族の目を楽しませてくれた。

本家の雀はというと、こんな田舎でもあまり数は多くない。
駅のホームから列をなして日向にいるのを眺められた昔が懐かしい。

春待つ心

探梅の一枝指に添はせては
バス乗るやはや探梅の目になりて

ちらほら梅便りが届き始めている。

有名な梅どころならば開花情報を確かめて現地に行けば梅が楽しめるわけだけれど、「探梅」なる言葉を珍重する俳人というのは面白い人種で、開花している保証はなくても時節がくればとにかく吟行先へ行って開花しているのを見つけては喜ぶのである。梅の開花を発見するための苦労や、あるいは発見してはその苦労を句に詠むわけである。
だから、別に開花してなくたって一向にかまわない。咲いてそうな場所や雰囲気さえあれば、それを探梅と称して楽しむのであるから、一般の人にはなかなか理解されない行動であろう。

ある意味、俳句は季節をすこし先取りして詠む傾向にある。寒さの極にある今だからこそ春を待ちわびる心がいっそう募ってきているということだろう。

ジョー君と遊ぶ

みほとりに寒禽飽かず遊ぶ日よ

高気圧が真上にあるらしい。

風もなく気温がぐんぐん上がってきた。
そろそろ寒肥の時期ということで、落葉樹の枝を落としたり、土を起こしたり。
するとどうだ。あのジョウビタキがすぐ後ろにいるではないか。


(iPhoneからの画像転送は回転されたままとかなかなか厄介ですが、プラグインios-images-fixerでようやく解決)

土を起こした跡をしきりにつついている。落ち葉などを掃除した跡も丁寧に虫を漁っているようだ。
二時間ばかり作業していたが、その間ずっとそばで食事に夢中のようだった。最初のうちは折角の食事を邪魔してはいけないと傍観していたが、試しに作業を再開してもいっこうに逃げない。一番近いときは1メートルくらいまで寄ってきた。

大胆なジョー君のおかげで作業は楽しく終わったうえに、さらに嬉しいことに白梅が3,4輪開花した。
ここのところ、芽がはっきりしてきたなと思っていたが、今日の陽気でいっぺんに開花したようだ。

首が痛くなる

寒昴ひとはひとりでゆくものと

体が硬くなったものだ。

昴を探そうと空を仰いだら、相当身を反らさねば見えない。そのままの姿勢も長くはつづかず、何度もなんどもその在処を確かめた。
まず、オリオンを見つけ、左肩の延長線をたどってゆけわけだけど、ぼんやりあるのがようやくそれかと思うしかない。冬の空は澄んでいるのに、昴はぼんやりとした雲の塊のようにしか見えなくて、視力はなさけないくらい衰えたものだ。