さし込む光

北窓を開けば寝屋の黒光り
北開く家の光の雑誌棚
北開く壁に農事の暦かな

今どきの家に冬季に北窓を塞いだりすることはあるまい。

かつての日本家屋はすきま風が入るのは当たり前で、冬準備として北側の窓に目張りをしてすきま風を防いだものという。
したがって、「北窓を開く」というのは、春になって、今まで閉じこめていた北側にある部屋の目張りを剥がしたり、立て込めてあった雨戸を開いて、北向きの部屋に明るさが戻ってくる喜びを表す言葉である。
古民家や古い農家などでは、北側というと納戸があったり、寝屋を配したもので、叔父の家では寝室に町では聞いたことのない「家の光」なる暦などがかけられていた記憶がある。
当時から今日まで、「家の光」とはてっきり天理教などの宗教団体の類いとばかり思っていたが、確かめてみるとなんとJAの文化・出版事業を担う「家の光協会」のことだった。山奥で細々と営む半農半林のつましい暮らしに、ラジオ、新聞と並ぶ貴重な情報源だったのであろう。
北窓を開けるのと同様、何百年と続いてきた山村の変わらない暮らしに新しい光をさしこんでいたとも言える。

磯日和

磯日和独りほまちの海苔を掻く

磯うらら。

風の遮られた磯は一足早く春の気配。
潮の引いた磯には青いものがついて、これを目当てに来ている人がいる。
だだっ広い磯にただ独りしかいないので、磯がよけい大きく見えるし、人はよけい小さく見える。
用意した笊はごく小さなものだから、収入を得るための海苔掻きではあるまい。今夜の膳の汁にでも供するのだろうか。

ダムの活用

公魚の群に手返し忙しき
ダムアーチ避けて公魚舟を漕ぐ

公魚は春の季語だ。

もともと北日本の魚で、産卵のため早春に海から川をのぼってくるからだ。近年は養殖されて、山間の湖沼やダム湖などでは公魚釣りの釣り場としても人気が高い。
氷の上の穴釣りがよく知られるようになって、むしろ冬の魚かと勘違いしそうだが、結氷しない湖沼などでは秋から四月頃まで釣ることができるようだ。
奈良県では、吉野川の水を引いた灌漑用津風呂湖などが知られている。貸しボートもあるが、桟橋から糸を垂れるほうが簡単で人気が高いとか。

いつの間にか

下萌の見つめられては丈伸ばす
下萌やあれやこれやの急きたてる
冬越の草に隠れて下萌ゆる
殊の外浄水場に下萌ゆる

気がつくと枯芝に青いものが顔を出している。

小さいうちに芽を摘んでおかねば、あとでその何倍も苦労することは分かっているのだが、つい、手の届くだけの範囲をちょいちょいと摘まむだけに終わってしまう。草木がいったん動き出したら、呼応して人間もやることがいっぱいあるものだ。
天気予報とも相談して、おおまかな工程表を作らねばならない。

命の躍動

心平の詩口ついて雪間草

雪間に顔をのぞかす植物。

大地が熱を取り戻し、樹木が呼吸が始めるとそこから雪が解けてゆく。
早い場合には、雪間にはもう草が芽吹いていて、確実に春が地の底から湧いてくるのを感じる。
命が輝きを取り戻したのだ。
雪間から滴る水が音をたてて集まると、今度は動物たちの生命が躍動し始める。
冬眠が終わったものたちの合唱もあれば、食うか食われるかの厳しい生存競争もある。
繰り返される生命の消長。
ダイナミックな季節の到来だ。

ふぁ〜

OBのボールころころ犬ふぐり

池ポチャにならずに済んだ。

しかし、ボールはアウトオブバウンドゾーン、OBゾーンにある。
ボールに近づくと、まわりは犬ふぐりや蒲公英に囲まれている。
OBゾーンではないフェアウェイやラフは芝生できれいに管理されているが、それ以外の藪や林の中などは下刈こそされてはいるが自然の植生である。

雪が溶けて♪

湯畑の飛沫巻き上げ春一番

湯気がわあっと襲ってくる。

いつもはもうもうとした湯畑の白煙が、強風で千切れるようにして観光客の顔を覆う。
温泉饅頭を蒸かす湯気も、これまたちぎれるように流れてゆく。

今日は北陸・関東地方に春一番が吹いたそうである。
昨日は北九州に吹いたというから、近畿もと期待したが、案に反して雨模様で風もあまりなく、聞いてたよりは寒い。昨日は15度、今日は12度だから特別暖かい日でもない。
床屋の帰りの首筋が寒い。