九月下旬の香り

木犀の香のみ散らして高き塀

高塀に囲まれた路地を歩いていたら、ふいに木犀の香りがした。

振り返ってみたが、木犀の姿は見えない。時期といい、たとえ姿は見えなくても木犀の香りだと確信できるそれである。
どうやら、左右どちらかの塀の内にあるらしい。
いよいよ9月も末なんだなあと実感できるシーンであった。

精緻な手仕事

宮址とて四角に掘らる花野かな

藤原京で、701年の元日行事の跡とされる発掘現場が発表された。
朝日新聞ニュース

701年といえば大宝律令制定の年で、元日朝賀だから外国の大使も多く参加したろう。国家としての形も内容も名実ともに備わった、律令国家成立を高々と宣言する儀式だったのだろう。

藤原京はこの月の初めに吟行した場所(白鳳宮址の発掘現場)で、そのとき目にした発掘していたのがそうらしい。この現場を除けば、広い宮址は野の草や花ばかりの平地で、まさに「花野」そのものであった。
地を這うような小さな花がいっぱい咲く広い野の四角い一画が、深さ1メートルあまりに建物の跡らしい形に沿って精緻に削られているのが、何ともおかしくて詠んでみた。

すばしこい

来合はせた小鳥数へてみたりけり

いつの間にか小鳥が下りてきたようだ。

最初は、エナガとかシジュウカラの仲間だからみな小さい。
その小さなのが、葉の茂った枝から枝へせわしなく移動してゆく。
天敵に襲われないように用心しながらの採餌行動であろうが、何とも忙しいものだ。

ちなみに、一群れ何羽くらいいるのかと数えてみたが、それぞれじっとしてないのでとても正確にはとらえられそうもなかった。

バネ

ライバルの勝相撲見る負け残り

思いもしなかった豪栄道が優勝した。

しかも、全勝である。本当によくやったなあと思う。
新入幕での圧倒的なデビューの印象が強かっただけに、その後の相撲には落胆していたが、今は珍しくなった泣き言を言わない力士だったようで、怪我のこともひとつも聞こえてこなかった。
勝相撲と言っても、かつてはインタビューでも「はい」しか言わない無口な力士が多かったが、今は外国出身力士ですらスラスラとよくしゃべることが多い。豪栄道の優勝インタービューでは、喜びも控えめに昔タイプの受け答えに好感をもてたが、そのなかでも苦節の日々の悔しさをもらす言葉が印象的だった。また、「やっぱりダメ大関と言われないように」とは心からの言葉であろう。こういうお相撲さんは好きだ。
稽古をしっかり積んで来場所につなげてもらいたいものだ。

いっぽうの、半年にわたる大関候補であった稀勢の里の綱取りは白紙に戻ったようである。
千秋楽に敗れたあと、勝ち残りでライバルの晴れの全勝優勝を見届ける気分はどうだったのだろうか。
来場所では、まだまだ反発力が残っていることを証明してもらいたい。

全勝

内線に受くる辞令の冷やかに
内線で決まる人生身に入みて

秋独特の季語に「身に入む」、「冷ややか」がある。

それぞれ、通期の日本語としても存在すると思われるが、俳句では秋のものとなっている。
これは「秋のあわれ」といつの間にか結びついたものと考えられるが、平安時代の歌には盛んに「身に入む」が秋と結びつけて詠まれているところから来ているとされる。
いっぽうの「冷ややか」も冷たい視線を言うという意味では通年にあるが、元は秋になって皮膚感覚で「冷たく」思ったり感じたりすることで、初秋の「新涼」に始まり、「秋冷」、そして晩秋の「そぞろ寒」「やや寒」「肌寒」「朝寒」に連なる語である。

掲句は、サラリーマンがなかなか重い辞令を受け取ったときのものを、二つの視線で詠んだものだが、実際には遠く離れていない限り電話一本で辞令を伝えられるわけではないだろう。
ただ、電話で上司の部屋に呼び出されたときというのは心のさざめきもあって、告げられるまでは「どうか悪い内容ではありませんように」と祈りながら向かうのである。
何回か内線電話で「ちょっと来い」と呼ばれたことがあったが、我が戦績は四勝四敗くらいであったろうか。豪栄道のように全勝とはなかなかいかぬものである。

秋風のしみる辞令となりにけり

話変わって。
バリバリの中堅で頑張っているころ、突然労組幹部から電話で呼び出され、組合専従の打診があった。
当時、労使関係はそれまでの蜜月関係に微妙に揺らぎを生じており、難しい局面が予想されることもあってとてもその場で受諾することはできず一旦は保留したのであるが、実はすでに事前に会社側の了解をとっている事項であり実質的に拒否できない、拒否するなら退職を覚悟しなければならなかった。
以後六年間を想像だにしなかった分野で過ごすことになるのだが、これがいろんな意味で以後の人生に大きな影を投げかける結果を生むこととなった。なかんずく、三年間を上部団体に派遣され、組合の文化活動の拠点となる雑誌編集に携わったことで、文芸、芸術関係の一流の先生方の謦咳に触れることができ、たとえばものを書くことも苦ではなくなったのが、このブログにつながっている。

販促品

もてあます秋の扇の香りかな
秋扇の強き香りをもてあます
手のものをなんでも秋の扇かな

扇子というのは買ったことがない。

たいていは、営業の販促ツール、景品などでもらったもので間に合わせている。
使う頻度もそれほどでないので、けっこう長持ちしているし、機能としてもそれで十分なのであるが、困るのは薫きしめてある香りだ。
それこそ、暑いときには夢中で扇いでいるせいか気にならないが、秋ともなるとその香が「強い匂い」に感じてしまい、狭い室内などでは使うのもためらわれてくる。
何年たってもその香というのは消えないもので、サラリーマン時代に使っていた扇子にも未だにほのかな香水の匂いがする。

他にも、ひょっとした機会にもらった、殺し屋と異名をもつ有名碁士のサインがある本格的な「扇」がてもとにあって、これには勿論香水などついてないが、人前で広げるのにはちょっと恥ずかしいものがあり、結局今は扇とは縁遠い日々になってしまっている。

滅ぼしてはいけない辺境

長老は早よに酒盛村祭

何の役も持たなくなって気楽な身分である。

祭の大方は青年、壮年に任せ、輿を見送ったら宮入までもうやることがない。
となると、社務所の一画で早々と酒宴となる。

片付けがすべて終わって、主役たちの酒宴がようやく始まろうかという時間にはもう出来上がり。
口の煩いのが早々と沈没すれば、あとは若い人たちの無礼講。

こんな緩い時間が流れるところは、「辺境」にはまだあるのだ。

めざせ5000句。1年365句として15年。。。