精気なし

盗掘の尽くされ墳墓冬ざるる
円墳の道路に割かれ冬ざるる

数日見ないうちにいつもの散歩道もすっかり冬になった。

残った紅葉も精気はもはやなく、冬紅葉という名にふさわしい。そして、散りしいた紅葉葉とあいまって一体がうすぼんやりと紅葉明かりに包まれているようでもある。
こうしてさらに歩を進めると、盗掘されて土器くらいしか発見できなかった古墳や、後円墳の部分がぽっかり削られて片道二車線の立派な道路に変わり果てているさまに、どことなくそぞろ寒いものを感じるのだった。

冬本番

木枯の集めしものをかい掘りぬ

初めての木枯らしらしい風が吹いた。

今年は見事な紅葉を見せたブルーベリーやドウダンツツジの、最後まで踏ん張っていた葉も一日にして吹き飛ばされたようだ。
夜になってさらに激しくなってきたようで、換気扇のあるあたりがぼうぼうと音をたてている。
木枯らしとは初冬に吹くものとされるし、木の葉もおおかた飛ばされては、最初にして最後の木枯らしとなろうか。
しばらくは厳しい冷え込みが続くと言うから、いよいよ冬本番とみていいだろう。

クラクラと

室咲いて蘭の香強くなるばかり

蘭がつぎつぎに開いてきた。

ひとつだけでも十分に匂ひが強いのに、今では部屋中にたちこめて頭が痛くなるくらいだ。
まるで、百貨店の一階に迷い込んで、各社の化粧品のミックスされた匂ひに閉口している状態と同じである。
蘭の花の期間は長いので、もしかすると年を越してもまだ咲き続けるかもしれず、ちょっとクラクラとする気分である。

気嵐か冬霞か

気嵐のはれてダイヤの復さざる

早朝大和川に沿って深い霧が流れている。

水温と気温の差が生んだ霧だろうが、北日本でよく冷え込んだ朝に見られる「気嵐(けあらし)」とはちょっと違うようだ。
というのは、この火曜日に発生した大和川の霧は、逆に朝の大気の温度が水温より高かったからだ。だから、単なる「冬霞」というべきか。
日が昇りしばらくすると霽れていくが、朝のダイヤの乱れはまだ解消されてはいない。

冬日のしとね

傾きし日ざししとねに冬の蝶

冬至も近くなると真昼でも日差しは低い。

そんな弱い日差しでも風さえなければ柔らかく暖かい。冷たい石垣だってずっと日の恵みを受けると温かいものになる。
いつもの散歩コースにいる黒猫ちゃんも、天気がよくて風がない日は石積みのフェンスに日向ぼっこしていることが多い。
蝶だって同じようであるらしい。豹紋蝶の仲間が、翅を広げたまま身じろぎもしないで石垣にいる。いくぶん暖冬気味だからまだ生きていられるのだろうが、越冬はさすがに難しいのではないだろうか。

二十度越え

傘開く間もなく去りし時雨かな

天気が心配だった今日の吟行。

句会終了まで汗かくくらいの陽気な天気に恵まれた。
途中木の間よりぱらぱら雨が落ちてきたが、傘を開くまでもなくあっけなく立ち去ってくれた。
風鎮めの神らしく龍田の大神は穏やかな日和を恵んでくれて、風もないので紅葉の散るゆくさまは見られず、境内をふわふわ綿虫が飛んでいる。

綿虫や龍田峠の越えがたく

龍田古道は、風もないのに銀杏がはらはら散るばかりであった。

蓑虫の萩衣

枯れ枯れて萩は乱れの糸とかず

咲ききった萩が枯れている。

乱れた枝が枯れるとそのまま糸のように細くなって、まるでこんがらがった糸のように見えてくる。
よく見ると、いくつかの株には絵に描いたように蓑虫がぶら下がっている。まさに蓑虫の萩衣である。
いつ、どんな条件がそろえば顔を出して冒険の旅に出るのか、それは分からないが、小春日が続くような日並みには目撃できるかもしれない。