消えゆく言葉

新藁の形とどめぬコンバイン

「稲架」なんていう言葉はいずれ歳時記の中にだけ存在することになるのではないか。

新しいノートブックPCにATOK2012を入れたが「はざ」でも「はさくい」でも「稲」に関わる用語は全く候補として出てこない。俳句を詠むということはある意味で日本語や日本の風習を守ったり伝えたりすることであろうし、稲架も日本には残ってもらいたい風景の一つで、せっせと毎日俳句を詠むのもそんな言葉、風景を大事にしたいからである。

1日で終えられたとみえる稲刈りのあと、共同作業小屋の脇には細かく粉砕された稲藁が山のように積み上げられている。このあと田んぼなどに撒かれるのだろう。稲藁がなくなって困るのは家庭菜園などの敷き藁である。乾燥や病虫害防止のため根元に敷き詰める稲束が必要なのだが、今は手近な所では手に入らない。ホームセンターなど行けば一束2,000円以上の値段で売ってるが、どこのどういう素性のものか不安で買う気がしないのである。

“消えゆく言葉” への6件の返信

  1. 実家は田んぼに囲まれていますが、最近では藁を乾かしている所は少ないように思います。
    粉々にしてしまってたんですね。
    稲刈りの済んだ田んぼにシラサギが落ちたお米なのか虫なのか何が目的か解りませんが数羽で同じ田んぼに居る光景が好きでした。

    知らない言葉、文化、毎日の楽しみになってます(^_^)
    吸収力は無いのですが、知識人になった気分です( ´艸`)

    1. 稲刈りが済むと虫たちが隠れる場所を失うのでそれを狙ってるんだね。鳥たちはよく知っていて、田に水が入ったあとオタマジャクシがわく頃には大勢で押しかけたり。

  2. 日本語って読みも意味も使い方も難しいけど、この美しい言葉、残したいですね。
    その意味でも一日一句はとても言葉の勉強になり楽しみでもあります。

    稲架や、はざかけと言う言葉は子どもの頃、秋の日常語でした。
    新藁で作った藁塚に飛び乗っては遊んで、お百姓さんに叱られた記憶もよみがえります。
    この藁塚、田舎の方言で別の言い方をするのですがど忘れしました。
    今から三重へ行くので母に聞いてみましょう。
    まだまだ90歳を過ぎた母から教えを請うこと多いのです。

    若い方の感性に触れるのは新鮮、絵文字も微笑ましいです。
    亜由美さんどんどんコメント差し上げて下さい。

    早朝、川の畔を歩いていたらお陽さまが丁度昇る時間で穏やかな川面に雲の流れが映し出されとてもきれいでした。
    早起きは三文の得ですね。

    1. 日本の秋の光景にはこの稲架がなくてはならないものですね。稲刈りが済んだあと切り株だけでは絵にならない。

      ずいぶん朝が早いんですね。これからは吐く息も白くなって身が引き締まるような毎日でしょう。

  3. 八ヶ岳山麓では稲架(はざ)を結構みかけます。
    別荘の付近で収穫されるお米は、峡北米として等級も高くブランド米として道の駅などでも売られています。水が良いからかな。稲田もきちんと区画整理されて秋の稲穂が黄色に色づいた風景はきれいです。
    10月21日・22日に貸し農園の手入れに行った帰りに、道の駅に寄ったら稲藁の束を売っていたので、タマネギとニンニクの畑の霜避け用に買ってきました。八ヶ岳山麓では冬は氷点下10℃になることもあり、畑には必需品です。一抱えもある束が180円と安かったですよ。やはり農協関係者が運営する施設で、地元だから安いのかな。ホームセンターではこんな値段では買えないですね。ラッキーでした!

    1. 手間をかけて天日で干す。結局それが旨味となるんじゃないかな。ブランド米であってもすべて機械でとなると価値半減じゃないでしょうか。

      一束の値段は十分の一以下ですね。素性も分かってるし安心して買えますね。畑ももう冬準備でしょう。

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