雑巾にもならない

祝日に国会開き花は葉に

「花は葉に」という季語は比較的新しいそうである。

ホトトギス歳時記にはない。
角川の合本歳時記昭和59年版にもないということだから、平成の季語ということもできるかもしれない。
「葉桜」の傍題として扱われるようだが、「葉桜」は文字通り桜若葉のみずみずしさをいうのに対し、「花は葉に」は誰もが分かるように「うつろい」を詠むものである。
実はとっくに葉桜の季節が来ていて「桜若葉」も色を濃くする季節なのだが、政府のあまりにも緩慢なコロナ対策に業を煮やす思いでこの季語を使ってみた。
このコロナ禍に対するには、連休に入るので政治も休みというわけにはいかない。緊急事態宣言の終了か延期か、医療崩壊をいかに防ぐか、店を閉じなくてはならなかった自営業者、アルバイト口を失った学生やフリーランス、非正規労働の人たち、自己表現の場が失われた文化芸能、アーティストなどの暮らしをどうつなげるのか、新学期になっても学校に通えない児童や生徒たちに授業や指導などにいかに手をさしのべるのか。
小さすぎて雑巾にもならないアベノマスクより、助けてくださいと叫んでる人たちへ、血の通う施策というものを早急に見せてください。お願いします。

“雑巾にもならない” への4件の返信

  1. 「花は葉に」は季語でしたか、葉桜が想像できます。
    先日の句は
       再放送ばかり流れて花は葉に
    今日は
       祝日に国会開き花は葉に
    いずれも川柳っぽく皮肉っていておもしろいな~と・・・

    ここ半月ばかり私のコメントは愚痴っぽくなっていないかと過去を繰ってみた。
    そこで見落としがあったことに気づきました。
    それは茂木健一郎さんのツイート、面白かったのでお気に入りに登録しました。

    ゆったりと流れていく時間の中で自分なりに工夫すればこのコロナウイルス禍の状況にあっても価値的な時間を作れるのではないかと。
    忙し過ぎてやりたいこと、やるべきことが叶わなかった日々を思えば今は時間に恵まれています。
    これを利用しない手はないですよね。

    このブログがあるのも私にとっては毎日の過ごし方の一部になっています。
    有難いことです。
    そういえば例のマスクまだ届きません、見てみたいものです。

    1. アベノマスクが届いたら、郵便の人には申し訳ないのですが「押印付き受け取り拒否」のシールを貼ってポストに投函する予定です。
      茂木けんさんのtwitter面白いでしょう?決して人の悪口は言わないけれど、寸鉄人を刺すところが面白いです。

  2. 祝日に国会開き花は葉に

    緊急事態宣言を、終了するか延期するかは、この国会開会時にはっきりするでしょうが、横浜の公共施設は 今日、閉館休館の時期を5月6日から5月末に延長しました。ワクチンと治療薬が無い現在、人の流れと集まりを閉ざすことしかスベはなく、信じがたい長期戦になる恐れが強くなってきました。
    でも、「花は葉に」→ 花は散っても、力強い緑に“移ろいでいく”と 敢えて肯定的に詠み取りたいものです。

    1. 連休でどれだけ感染者数を落とせるか、地方への波及はどうなるのか。連休明け後2週間、5月20日ごろどうなってるかで楽観か悲観かはっきりするのではないでしょうか。
      仮に緊急事態宣言が解除となっても、元の暮らしに戻るのはずっと先はまちがいありませんね。

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