堪能

昼飯をはさんで野良に冬ぬくし

見事なくらい風もなく穏やかで暖かい一日。

軽装で外を歩くには最高の日である。それでも十数分歩けばほんのり汗ばんでさえきた。
菜園ではまるでピクニックに来たかのように、数人の女性連が一カ所に座り込んでおやつなどを囲み談笑している。通りすがりの私も蜜柑ひとつをご馳走になり、乾いた喉をうるおす。
小学校からは休憩時かと見えて子供たちの元気な声も届いてくる。
ここしばらく周期的に雨がきて寒い日もあるが、おおむね過ごしやすい日がつづいている。
午前も午後も小六月を堪能した一日となった。

西高東低に

日曜版に爪剪る音の冬ぬくし

風もなく穏やかな日であった。

平年より温かいという日が五日ほど続いたがそれも今日で終わり。
明日の雨のあとに大陸の寒気がもぐり込んでくるらしい。いわゆる西高東低の典型的な冬日となりそうである。
今年最後となるであろう温かい日差しを浴びながら爪を切る。

小夏

冬ぬくき宵の明星模糊として

馬鹿陽気の一日であった。

いつもより一枚脱いでもまだ暑い。
厚着になれてしまったのでさすがにTシャツだけとはならなかったが、実際には昼間の気温は27度あったそうで車には久しぶりの冷房が入った。
月に寄り添う宵の明星も春の宵のおぼろの風情。
小春どころか気温だけでいえばこれはもう小夏と言っていい。

時間切れ

ストレッチ四肢よく伸びて冬ぬくし

足の小指を痛めて散歩に出られない日が続く。

運動不足はまずいので、せめてエアロバイクで有酸素運動し、最近流行の筋肉体操もやり、音楽がなくても体にしみついたテレビ体操をこなすなどすると、体がぽかぽか温まったりしていいことづくめ。
天気もよく、冬とは思えない暖かさに、しばらく思案していた庭の片付けにも着手。
ついでに洗車もしてやりたかったが、時間切れで今度に持ち越しとなった。

櫟はいまだ眠らず

冬ぬくし櫟はいまだ濡れてゐる

半分ほど葉を落とした櫟の幹に触れてみた。

黒々と樹液がしみ出た部分がまだ完全に乾いていないところをみると、櫟はまだ眠っていないのだ。
あと一二週間ほど葉がすべて落ちきったら冬眠に入るのだろうか。

残すに足りるもの

冬ぬくし作字だらけのゲラ刷りて

活版印刷の時代が懐かしい。

印刷業界はとっくにコンピュータ化が進み、活字拾いの職人を一掃してしまって、もはや名刺や趣味のものなど特殊用途の、しかも小さなロットのものしか利用されてはいまい。
インクの匂ひに満ちた校正室の狭さも、赤ペンで真っ赤になったゲラ刷りも、大きな広辞苑が置いてある書棚も、編集者や整理担当の煙草の煙りも、今となっては遠い世界の話だが、あの凹凸ある活字の味わいは独特で、もし自分が本を作るのならたとえ表装が粗末でも活版で印刷したいと思う。部数もせいぜい十数冊程度ぐらいで、親しくしていただいている人に一冊ずつ手渡しでお分けできればいいと。
あとは、活字で残すに足りるものを書けるかどうか。それだけである。

ここで、「作字」とは:
活版の活字というのは同じ字でも書体や大きさなどさまざまあり、職人さんは一文字ずつ拾っていくわけだが、場合によっては在庫切れ、あるいは標準で手許に置いておけないようなレアな文字の場合は、「欠字」と言って黒く塗りつぶした活字を暫定的にはめ込むのである。そのなかで、後者の場合、偏と旁をそれぞれ組み合わせたりして字を作らなければならない。人名など特殊な場合にたまにある。

土饅頭

墳丘のまろきまんじう冬ぬくし

芝も枯れてきた。

よく整備された墳丘公園では、それぞれの古墳の姿もよく見通せるようになってきた。後円墳であれ円墳であれ帆立型であれ、どの墳丘もなだらかな孤を描いてまんじゅうみたいだ。
土葬であった昔は墓のことを土まんじゅうとも言ったのだが、さながら古墳は大きな土まんじゅうだと言ってよいかもしれない。

本当は古墳を積んだときには段丘状であったという話だが。