願ってもない

鳥塚の彫りの深さの秋日濃し

寒い日がつづいたあとの今日の暖かさはさながら小春日和である。

風もなく背中に浴びる秋の日にすぐ汗がにじむ。願ってもない快適な秋日である。
菜園には紋白蝶が盛んに飛んで、あちこちの菜っ葉に卵を産みつけている。これから平年の気温に戻ると言うから活動は衰えることもなく、しばらくは青虫とのおつきあいがつづきそうである。
そろそろ小鳥たちもやって来る頃。冬は冬で楽しみがある。

観光地の日常空間

大鴟尾に烏睦める秋日かな

大仏殿大屋根に烏が群れている。

それも、賑やかにだ。追ったり追われたりしながら、まるでカップルや兄弟姉妹が睦み合うようにしてあの大きな鴟尾のある屋根で秋の日を楽しんでいるかのように。

南大門から大仏殿入り口にかけては観光客でごったがやしているが、ちょっと横に廻れば小春日の、短い日が傾く前の、ゆったりした時間が流れていて、大屋根のこんな光景もゆっくり眺めることができる。
ここから戒壇院へと下るエリアは、外国人や日本人観光客も少なく、東大寺幼稚園の迎えに保護者が来るときなどは日常の空気が流れているようにも思える。

東大寺を別の角度から楽しめるコースでお奨めである。

南無釈迦牟尼仏

秋の日や般若心経一年忌

今日みたいな日を秋日和というのだろう。
風一つなく、高い空。窓をあけて車を走らせるのが清々しいほど気持ちいい。

母の命日の今日、1周忌の法要を菩提寺で行った。手渡された勤行集を見ながら「般若心経」などを唱和してゆく。曹洞宗というのは最後に「南無釈迦牟尼仏」を10回を唱えるのが決まりのようだ。真宗なら「南無阿弥陀仏」というところだろうか。「南無」とは「だれそれの教えに従う、見習う」というような意味らしい。だから、「南無釈迦牟尼仏」というのはお釈迦様の教えを大事に生きていきますよ、ということになろうか。禅宗というのは念仏を唱えれば極楽に行けるという宗派ではないことは確かだ。