波打てる玻璃に蟻つく秋日かな
大正の玻璃に蟻つく秋日和
再度、吉城園の話。
受付を通ると最初に顔を見せるのは池の庭園と、その西にあって東に向かうように建つ本座敷からは池やその背後の築山がながめられ、そしてその築山の向こうに若草山、三笠山を借景とした贅沢な構えになっている。
この本座敷の三面は、濡縁で庭園につながり、それぞれ大きなガラス戸の内に広縁があって光をあまねく取り入れるような設えになっている。目玉はガラス戸で、これがすべて手作りの一枚ガラスなのだ。
大正の頃の作だと聞いたが、まずガラスの円筒をつくり、それを縦に割いて、再び接合して作るのだという。大変手のかかったものだが、当然どのガラスも均質ではなくて縦の波があり一つとして同じものはない。なかには製作の過程で生じた「えくぼ」みたいなものが所々あってさらに微妙な変化をつけている。
磨き上げられたガラスとはいえ、わずかに波打った表面は虫でもすべり落ちることなく大きな黒蟻が這い登っていた。
ガラス戸の内は外から丸見えだが、ガラスの微妙な凹凸により見る角度によって、これまた微妙に揺れて透ける。
庇は深いが、この時期ともなると濡れ縁はもちろん、中の広縁にまで木洩れ日が届くようになっていて、その影にもまた微妙な揺れが生じているようだ。
蟻は夏の季語だが、この場合は季重なりではないだろう。